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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第95話】

【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬そのせあずさは、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂えんじのジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?


 ソファに横になって下着を確認したら、血は付いていなかったので一先ひとまずホッとした。けれども今までずっと順調な妊夫生活を送っていたから、初めての事態にすっかり混乱して俺はシクシク泣いていた。
「あずさ、大丈夫だ……もし痛みが治まらなかったら、すぐに病院に行こう」
 傍らに跪いた京一郎は俺の手をぎゅっと握ってそう励ましたが、彼の手も僅かに震えていた。俺は涙を手で拭いながら頷いたけれど、もしりょーちゃんに何かあったら、と思うと後から後から溢れて止まらなかった。
 原因となったぽん吉は、相変わらずあきたいぬ靴下を咥えていたが、トコトコ寄って来て俺達をじっと見た。それからぽと、と靴下を床に落とし、静かにその場に伏せた。
「ぽん吉……心配してくれてるのかな」
 泣きながらそう呟いたら、京一郎は静かな声で「きっとそうだ」と答えた。ぽん吉は悪くない——京一郎に何度注意されても、あちこちに服を脱ぎ捨てるのをやめなかった俺が悪いのだ。
 結局、痛みは長くは続かず十分もしたら治まってきた。一時間後にはすっかり無くなって、俺は泣き腫らした目をごしごし擦りながら「もう起きる……」と言った。
「ではベッドに行こう。明日の朝までは安静にしているんだ……少しでも痛くなったらすぐ言うんだぞ」
「でも、晩ごはんは……? 晩ごはん抜いたら死んじゃうよ……」
「一食抜いたくらいで死にはしないが、ちゃんとベッドまで運んでやるから安心しろ」
 俺がソファに横になっている間、ずっと床に跪いて腹を摩っていた京一郎は足が痺れたようで、立ち上がるのに少し時間が掛かった。それを見て、俺はすん、と鼻を啜ると「ありがと」と言った。
「ぽん吉も、ずっとそばに居てくれてありがとな……」
 小さなポメラニアンは、最初に伏せた場所からずっと動かずに居た。いつもは活発だから、本当に俺達を心配してそばに居てくれたのだと分かる。今はすやすや眠っているのを見て、俺と京一郎はくすっと笑った。
 それから寝室へ行き、京一郎に添い寝して貰っているうちに、俺は深い眠りに落ちた……。

「この匂いは……チーズリゾット!」
 ぱちっと目を開けた俺は小さく叫んだ。控えめに点けられた間接照明のお陰でほのあかるい寝室には、キッチンから漂って来た食欲をそそる香りが充満している——枕元のデジタル時計を確認すると、ちょうど午後五時半だった。
「京一郎きゅん……」
 俺はそう呟くと、ごそごそ起き出した。念のため、腹に手を当てたまま少しの間じっとして痛まないか確認した——その時、胎内なかでりょーちゃんが元気に動いたので、俺はパッと目を輝かせた。
「京一郎きゅん! りょーちゃん元気みたい……めっちゃ動いてる」
「あずさ! それは良かった……」
 キッチンへ行くと、思った通り京一郎は鍋でチーズリゾットを作っていた。振り返った彼は「今、起こしに行こうと思ってたんだ」と言うと、ガスレンジの火を止めた。
「腹は痛くないか? どこか具合の悪いところは?」
「全然無い。めっちゃ元気になった……それ、チーズリゾットだろ?」
「ああ。もう食べられるぞ」
「わーい! 病み上がりだし、大盛りでよろぴく」
「文脈が繋がっていないが、まあ良いだろう。これだけでは足りないから、食欲があれば追加で何か作ってやる。何が良い?」
「じゃあ、ブリの照り焼き! あま〜い照り焼きが食べたい気分なんだ」
「分かった。ではリゾットを食べて待っていろ」
 京一郎はそう行って、深皿にチーズリゾットを装った。俺はアイランドキッチンの作業スペースの向かいに掛けると、目をきらきら輝かせながらさじすくってパクッと口に入れた。
「うめぇ! うめぇな、うめぇなこれは!」
「山賊あずさが復活して良かった」
 がっついている俺を見た京一郎はホッとしたように笑ったが、少し元気が無い。物凄く心配させたもんな、と思って申し訳なくなる。
「京一郎きゅん……これからは靴下、脱衣籠にちゃんと入れるよ。ぽん吉がおもちゃにしないように……」
「そうしてくれるのは有り難いが、それよりも急に動かないように気を付けるんだぞ。屈んだり立ち上がったりするときは、出来る限りゆっくりな」
「うん……ごみん」
 しょんぼりして頷くと、京一郎が身を乗り出してヨシヨシと頭を撫でてくれた。嬉しくて俺ははにかんだが、匙を口に運ぶ手は止めない。
「京一郎きゅんも心配して腹減ったろ。リゾットでも食え」
「俺が作ったんだが……」
 俺の勧めに京一郎は微妙な顔をしたが、すぐにくすっと笑った……。

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