【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第90話】
【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬梓は、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂のジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?
京一郎と入籍してから五日経った土曜日、注文していたペアブレスレットが完成したとショップから連絡があった。だから京一郎は朝食を食べた後、店が開くのを待ってそわそわしながら家事をしていた。一方、俺はいつものようにソファに引っ繰り返ってテレビを観ていた——時折りょーちゃんが腹の中で元気に動くのを感じながら。
「あずさ! もう九時半だ。出るぞ」
「へ!? 店まで十分も掛からないのに……十五分は待つことになんぞ」
「良いんだ。待っている間に自販機で紅茶葉伝のロイヤルミルクティーを買ってやるから付いて来い」
「マジ!? 自販機のロイミって特別美味しいんよなあ!」
紅茶葉伝は昔から午前の紅茶と双璧をなす市販の紅茶ブランドだ。前にジュエリーショップへ行った時、俺はそばの自販機で売られているのをしっかりチェックしていたから、京一郎も覚えていて餌にすることにしたようだ。
「紅茶葉伝ってさ、昔はもっと甘かったような気がしない? 何かいつの間にかカロリーも低くなってるし」
「最近は糖質制限が流行っているからな。前より甘くなくなっているのは確かだろう」
俺達はそんな会話をしながら家を出た。どんよりした曇り空でとびきり冷たい風が吹いているから、京一郎は玄関ドアに施錠するなり俺を自分のマフラーでぐるぐる巻きにした。婚姻届を提出しに行った時と同じで口元まで覆われたので、俺はくぐもった声で「口までぐるぐる巻きにしなくても良いだろ!」と抗議した。
「俺だって自分のマフラーしてるのに……京一郎が寒いだろ」
「髪が長いからな。キノコ頭さんよりは首が寒くない」
元元巻いていた自分のものの上から京一郎のマフラーを巻かれたから、俺の首元は思い切りモコモコしている。抗議の気持ちと心配する気持ちが半半になってそう言ったら、彼はそんな憎まれ口を叩いたので「キノコ頭さんって新しいな!」と突っ込んだ。
「田中様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
本当に紅茶葉伝を飲みながら少し待ち、オープン直後の店に入ると担当の美人店員が出迎えてそう挨拶した。それから「こちらへどうぞ」と言って奥のテーブルに俺達を案内した。
「こちらが注文のお品でございます。ご確認くださいませ」
程なくベロア生地のアクセサリートレイに載せられたペアブレスレットが運ばれて来た。プラチナで出来たそれは、照明の光を受けてきらきら輝いている——俺は思わず「おお」と声を上げた。
「ああ、きちんと刻印してくれていますね。ほらあずさ、見てみろ」
「おお」
俺は京一郎のものより二回りくらい小さな自分のブレスレットを受け取って、プレート部分の刻印を確認した。とても小さな文字だから、老眼になったら絶対見えねーな、などと全くロマンチックでないことを考えながら顔を近付けて見る。
「あれ? 『Kyoichiro』って書いてあるぞ。逆じゃね?」
「いいや、これで合っている。俺のには『Azusa』とある」
「ええっ?」
「互いが互いの所有物だと示すためだ。あずさは俺のもの、俺はあずさのもの……」
「ブッ」
店員が見ている前でそんなことを言うから、俺は盛大に噴いた後耳まで赤くなった。けれども店員はくすくす笑って「素敵ですね」と言ったので余計に恥ずかしくなった。
そして、ブレスレットには専用のケースが付いていたが、俺達はすぐに嵌めることにした。あっという間に自分のものを左手首に嵌めてしまった京一郎の横で、上手く金具を外せずに四苦八苦していると、彼は「全くあずさちゃんは」と言って俺のブレスレットを奪い取った。それから器用な手付きで左手首に嵌めてくれたから、「ありがと……」と小さな声で礼を言う。
「もちろん後で指輪も買うが、これで一先ず夫夫の証が出来たな。肌身離さず嵌めているんだぞ。ティッシュと間違ってゴミ箱に捨てたりしないように」
「流石にそんなミスは……多分しない!」
俺は京一郎の憎まれ口を勢い良く否定し掛けて、以前鼻をかんだティッシュを捨てようとして、反対の手に持っていたスマホをゴミ箱に捨ててしまったことを思い出してトーンダウンした……。
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