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【ショートショート】街灯の色

 小さな三角形の居酒屋がある。入ったことはないが、毎日その前を通る。ここで道が二本に分かれるからだ。
 右の道を入って十分ほど歩き、右に折れると、オレのアパートに着く。
 その夜、ふと足が止まったのは異変に気づいたからだ。
 オレはあたりをきょろきょろ見回し、上を向いた。
 街灯の色が赤。
 オレはすこし後戻りし、道の分岐点まで来て、反対側の道に入ってみた。
 こちらの街灯は緑。
「信号じゃないんだから」
 と思ったが、赤はなんだか不吉だ。
 遠回りになるが、緑の道を行っても帰れないことはない。
 オレはすこし思案し、緑の道を行くことにした。
 なにごともなく帰宅することができた。
 次の日、同じ場所を通りかかると、街灯はふつうの色に戻っていた。
 ある日、オレは会社の同僚といっしょに酒を飲んでいた。
 酒の好きな同僚は、
「さあ、次いこう」
 という。オレはけっこう強めに断ったが、押し切られた。ふと頭上をみると、街灯が赤く光っている。
「おい。街灯が赤だ」
「ん?」
 同僚は頭上を見上げ、不思議そうな表情をした。
 街灯の赤色はオレにしか見えないらしい。
 案の定、次のバーでは、喧嘩に巻き込まれた。ぼこぼこに殴られた上、壊れた備品の弁償までさせられる。
 それからも、ときどき、街灯は色を変えた。オレは二度とそれを無視することなく、緑の道を選び続けた。
 SNSで感じのいい女性と知り合った。
 オレはじつはサメ映画が大好きなのだが、その女性はオレのあげるサメ映画をことごとく見ていた。こんな偶然は一生に一回しかないだろう。
 もちろん、オレは彼女をサメ映画に誘い、実際に会うことに成功した。映画のあとごはんを食べ、なお別れがたく、家に誘った。サメ映画のコレクションを見てもらいたかったからだ。
 いや、それだけではない。
 街灯に彼女を判断してもらいたかったという思いがなかったというと嘘になる。
 三角形の小さな居酒屋の前に来て、オレは左右の道を交互に覗き込んでみた。
 どちらの道も、街灯は黄色く光っていた。
 大事なことは自分で判断しろということか。
 それともオレ次第で、赤、緑、どちらにも転ぶということか。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
 オレは彼女と結婚し、二十年がたった。
 いま幸せかどうか。自分に問うと、判断不能に陥る。
 黄色だなあとしか思いようがないのであった。

(975文字)


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