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なぜEC「500円クーポン」はダメな施策なのか?

あるECサイトでの事例です。「500円のクーポンがもらえれば、会員登録が増えるはず」と考えて、初来訪のユーザーにわかりやすいように大きな表示を出しました。

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結果はどうだったか?

ユーザーの離脱率は上がり、まったく会員登録につながりませんでした。

私の専門はデジタルマーケティングにおけるコンバージョンの改善(近著は『いちばんやさしいコンバージョン最適化の教本』)や人間の心理・行動であり、ユーザーの行動からコンバージョンを最適化するサービス「Sprocket(スプロケット)」を経営していますが、こうした「ECサイト施策の誤解」をたくさん見てきました。

なぜ誤解が生まれるのでしょうか? 理解すべきポイントが3つあると考えられます。

① そもそも集客施策とECサイトの施策は違う【ユーザー視点の欠如】
② 顧客の「センチメント」を知る【現状分析】
③ EC施策は「ラーニング」から考える【顧客理解】

今回は初めてのnoteなので、ECサイトの運営者にとっては基本的なことですが、とても大事なことをお伝えしたいと思います。

ポイント①:そもそも集客施策とECサイトの施策は違うユーザー視点の欠如】

「500円のクーポンを配布して、ユーザーを引きつける」というのは、そもそも「集客施策」の発想です。

昔ならば新聞のチラシ、今ならばメルマガに付いている割引クーポンをイメージしてください(下図はイメージ)。

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そこにクーポンが付いている理由は、お店(ECサイト)に来店してほしいからです。つまり、積極的にユーザーに働きかける“アウトバウンド”的なアプローチだといえます。

なぜクーポンが付いているかといえば、ユーザーに「買いに行く理由をつくる」ことが効果的だからです。「クーポンがあるなら、のぞいてみようかな」と思い、ユーザーはECサイトを訪れます。これが「集客施策」の発想です。

では、ECサイト側の視点から見ると、どうでしょうか。

ECサイトを訪れる人は、口コミや広告など、どこかで知ってサイト名を「検索」して来たのかもしれません。または、何らかのリンクをたどって、SNSで見て、やって来た人もいることでしょう。

ECサイトを訪れるユーザーは、すでにECサイトに興味を持ってアクセスしてきた可能性が高い人たちです。そこで、いきなり「会員登録で500円OFFクーポンプレゼント!」と表示が出てきたら、どう思うでしょうか?

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実店舗をイメージしてみてください。入店した直後に「会員登録すれば500円クーポンがもらえますよ!」と声をかけられるようなものです。さすがに「え?」となりますよね。

同じように、せっかく興味を持ってやって来て「さあ、サイト内(店内)を回ろう」と思った矢先に、「クーポンをどうぞ!」と言われたら、「邪魔だな…」と思う人が多いのが当たり前ではないでしょうか。

つまり、ECサイトを訪れたユーザーにとって大事なのは「買う理由をつくる」ことではありません。ここが集客施策の発想とは異なります。

実は、より大事なのは「買わなくなる理由をつぶす」ことです。これに必要なのが「顧客のセンチメントを知る」ことです。

ポイント②:顧客のセンチメントを知る【現状分析】

「センチメント(sentiment)」は、「感情・情緒・情操・感傷」などと訳されますが、要するに“気分”のようなものです。

ECサイトを初めて来訪したユーザーは、おそらく「どんなサイトなのだろう」と、サイト内を回遊します。いろいろと見たあとでカートにも商品が入っておらず、「イマイチいい商品がないな…」と思い始めるかもしれません。

回遊の行動から顧客がこうした状態(センチメント)にあると察して、「ここで商品検索ができますよ」と案内してあげると、「そんな探し方があったのか!」と思うのではないでしょうか。

私がCEOを務める会社のサービス「Sprocket(スプロケット)」の事例では、「ここで商品検索ができますよ」と案内してあげることで購入完了率に125%の改善があった例があります(ex. CVR:1%→1.25%に改善など)。

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大事なのは、こうした施策を実行する時点における「顧客のセンチメントを知る」ことです。

上記の施策も、すでに何回も「商品検索」を使ったことのある顧客に対して行ってしまっては、先ほどのクーポンの例と同じように「邪魔だ…」となるはずです。

では、どうすれば顧客のセンチメントをつかみ、活用できるのでしょうか?

ヒントになるのは、これまでの店舗での“カリスマ販売員”のような存在なのかもしれません。「必要なのは困った時にだけ相談に乗ってくれる(お客にとって)都合の良い店員さん」です。

プロの販売員は、いきなり声をかけるのではなく、お客さんの様子をよく観察したうえで「何かを探しているな」「迷っているな」と判断したときに声をかけます。

ECサイトのむずかしいところはユーザーの姿が見えないことですが、店舗とは違ったアプローチで「顧客のセンチメント」を活用できると私は考えています。厳密にいえばECサイトではありませんが、次の生命保険会社様の事例をご覧ください。

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まず「ご検討いただいている保険はどちらですか?」と、訪問した目的を尋ねています。それぞれ医療保険か死亡保険かが決まっていれば「保険の種類」を提示し、すでにどれに入るかを決めている顧客は「資料請求」「電話」へ誘導します。

こうすることで「まず選択肢が知りたいけど、どこで見られるのかわからない」「商品は決まっているけど、次に何したらいいかわからない」といった顧客に対して、いらない選択肢の幅を縮めることができます。

上記の施策で「資料請求の完了率」は121%に上昇しました。なぜか?

ECサイト上で顧客が「迷っている」とセンチメントを判断し、タイミング良く「ご検討いただいている保険はどちらですか?」とポップアップさせたからです。顧客の訪問目的がクリアになれば、必要な情報だけを表示させて、迷わせる要素を少なくすることができます。

店舗と違ってECサイトの利点は、このように「どちらですか?」と聞いても、必要なければユーザーは「✕」印を押すだけなので一瞬です。これが販売員だと「気まずい…」という感情を抱かせてしまう可能性がありますが、ECサイトは人ではなく機械(プログラム)なのでユーザーも気楽です。こうしたWeb接客の“ライトさ”はECの良さだと私は思います。

大事なのは、顧客を迷わせない(=買わなくなる理由をつぶす)ことです。こうした「何をどうしていいか、わからない…」というユーザーのつまずきを“フリクション”といいますが、これをいかに減らすか(フリクションレスにするか)がとても大切です。

さて、こうした「顧客のセンチメントを知る」ことをふまえ、施策を考えるときに大事なのがユーザーの「ラーニング」という視点です。

ポイント③:EC施策は「ラーニング」から考える【顧客理解】

すでにご紹介したように、ECサイトを初めて来訪したユーザーに対しては、「ここで商品検索が使えますよ」と案内してあげることが有効でした。

でも、これが長年サイトを使っている顧客だったら、どうでしょうか。「そんなの、わかってるよ…」「邪魔だな…」と思われるだけではないでしょうか。つまり、どんなユーザーであっても、ECサイトをどう使ったらいいかを「ラーニング(学習)」します。

これはECサイトを買い物するための「道具(手段)」と考えると、わかりやすいかもしれません。みなさんはパソコンでキーボードを使っていると思いますが、キーを打つ(タイピング)のに慣れるまで、時間がかからなかったでしょうか。でも、慣れたらブラインドタッチだってできるようになります。

ECサイトも同じです。ユーザーのラーニングカーブ(学習曲線)に合わせて、一つひとつ“できること”を増やしてあげることが、とても大切なポイントです。次の施策は、アパレルECサイトでの事例です。

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購入するにあたって、ユーザーは「このサイズでいいのかな」と迷い、「どうやって自分にフィットするかを確認すればいいのだろう」と躊躇している状況(というセンチメント)なのかもしれません。

この商品ページを見ているタイミングで「こうすればサイズ表記を確認できますよ」と教えてあげることで、フリクションが一つ減り、ユーザーはラーニングします。

このようにユーザーをラーニングさせることにより、ユーザーはECサイトの使い方に慣れていきます。つまり、「どこに、何があるのか」をすぐに把握できるようになるのです。みなさんがブラインドタッチできるのと同じですね。

では、そうした慣れてきた(ラーニングした)ユーザーに対しては、どんな施策が有効でしょうか?

寿司屋であれば、常連に対して職人は「きょうは活きのいいマグロが入ってるよ」と声をかけますね。「じゃあ、それで」と常連のお客さんは注文するのだと思います。とてもシンプルで簡潔なコミュニケーションです。

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実は、ECサイトも同じです。

ECサイトの使い方に慣れれば、あらためて「これはあなたにオススメです」「こういう新商品が出ました」など、商品の良さやブランドのこだわりを少しづつ伝えていく(ラーニングしてもらう)ことができるようになるのです。

PCかスマホかで、ユーザー行動の予測精度は上がる

ここまで、ECサイト運営にとって重要な① そもそも集客施策とECサイトの施策は違う、② 顧客の「センチメント」を知る、③ EC施策は「ラーニング」から考える、という3点について解説してきました。

顧客の「センチメント」を知り(測り)、そのタイミングに合わせて、「ラーニング」の視点から“EC施策”は考えましょう。これが今回のnoteで私が言いたいことでした。

冒頭でEC「500円クーポン」はダメな施策と書きましたが、これも①②③をふまえれば良い施策になる場合があります。

たとえば、顧客がECサイトにおける一定のラーニングを経て、引き続き興味を持っているセンチメントならば、「会員登録すれば500円クーポンがもらえますよ」と言われて悪い気はしないはずです。「それならば…」と顧客の背中を押す良い施策になりえます。

Sprocket(スプロケット)という私たちのサービスは、こうした視点をふまえて改善を続けている“コンバージョン最適化”のサービスです。

少し前になりますが、AI(機械学習)によりサイトを訪問しているユーザーの次の行動をどこまで予測できるかをスコアリングしたことがあります。そのときのデータはとても興味深いものでした。

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実は、ユーザーの行動予測に最も影響を与えているのは、使っている「デバイス」でした。ユーザーが「パソコン」を使っているか、「スマートフォン」を使っているかを知ることで、ユーザー行動の予測精度が高まるのです。

私たちのECサイト改善事例でも、あるシナリオ(手順)を開始するタイミングを検証した際に、パソコンは早いタイミングのほうがCVR(購入率)が高く、スマートフォンは遅いタイミングのほうがCVRが高い、という結果が出たことがありました。

よくよく考えてみれば、パソコンはキーボードが付いているので「入力に向いている」デバイスであり、とても「能動的」です。一方、スマートフォンはタッチパネルなので、どちらかといえば「コンテンツの消費(出力)」に向いたデバイスであり、とても「受動的」です。おそらく、そうしたユーザーのセンチメントの違いが上記の結果になったのだと感じました。

ほかにも、ユーザーが訪問した「時間帯」や「曜日」との相関性が見られるなど、興味深い結果が出ています。こうしたデータを「顧客のセンチメントを知る」ことに活かしていけないか? と考えながら日々プロダクトを改善しています。

まとめ:「CVR改善」は奥深い

最後に、今回お話したことがECサイトの売り上げにとって、どのような位置づけにあるかを確認しましょう。次のKPIツリーをご覧ください。

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ECサイトの売り上げは、次のようなシンプルな式で表すことができます。

売り上げ = 訪問UU数 × CVR(コンバージョン率) × 購入単価

ポイント①に登場した「集客施策」は、主に「訪問UU数」にとって重要です。積極的にユーザーに働きかける“アウトバウンド”的なアプローチだけを紹介しましたが、もちろんSNSやブログでの発信から興味を持ってもらう“インバウンド”的なアプローチもあります。

そして、ポイント②③の”センチメント”や”ラーニング”に基づく「ECサイトの施策」は、主に「CVR(コンバージョン率)」にとって重要です。マーケティング予算をたくさん使って「訪問UU数」を伸ばしても、「CVR(コンバージョン率)」が低ければ、せっかくの費用が台なしです。

近年、デジタルマーケティングにおける顧客獲得単価(CPA)は上昇傾向にあるため、よりCVR改善が求められるようになっていることを実感しています。一方で、私もデジタルマーケティングの世界に長く身をおいてきましたが、CVR改善は関わる変数が多く、とても奥深い世界だと感じています。

またECサイトの施策は、実は「購入単価」にも影響があります。それが③で紹介した“ラーニング”という観点です。商品の良さやブランドのこだわりをユーザー側がラーニングしていくことでファンになり、長くお付き合いできる関係になるため「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)」が上がるのです。Sprocket(スプロケット)でも、そうした事例が顕著に見られるようになってきました。

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だからこそ、企業はあらためて、商品の良さやブランドのこだわり自体を見つめ直す必要があるのではないか、と最近は考えています。

存在意義やWHY(なぜ社会に存在するか)を表す「パーパス」という言葉も広く知られるようになりましたが、そうした企業の持つ“世界観”や“顧客と共鳴すること”の重要性が高まっているように思います。

私のイメージでは、センチメントは短期、ラーニングは中期、パーパスは長期の施策です。このテーマについては、また別の機会に書きます。

常にデジタルマーケティングやCVR最適化に関する最新情報は追っていますので、よろしければTwitterをフォローください。長文となりましたが、ここまでお読みいただき大変にありがとうございました。

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