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映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」レビュー

大量の絢爛な花、花、花。赤や青の独特な美学を纏った蜷川カラー。妖艶な3人の女優によるしたたかな怪演。祭り太鼓の鼓動のような重低音からラストの意表を突いた東京スカパラダイスオーケストラの踊りたくなる裏打ちビート。ワンシーンごと切り出せば、作品になってしまいそうなアーティステックな構図。そんな、さまざまに仕掛けられた映画を観た後は、間違いなく夢でうなされるだろうと確信した。

過去に私は、映画を観たあとに知恵熱を出しうなされたことがある。その映画は、ひとつはフェリー二の『8 1/2』でもうひとつは寺山修司の『田園に死す』だった。思春期のセンシティブな頃、DVDソフトをレンタルで借りてきて、ひとり部屋にこもって観て圧倒されてしまったのだが、そのときのことを思い出してしまった。今回、映画館で思春期真っただ中の学生服を着た若い女の子たちがいたけれど、どういう感想を持ったのだろうか。かつての思春期女子だった私は、現在の思春期女子に話しかけてみたくなってしまった。なお、この映画はR15である。

ひとつ気になったことは、思春期女子たちが「原作も読んでみたいと思う」と話していたことだ。どうも太宰治の小説『人間失格』がこの映画の原作だと思っているようだった。戦後、累計発行部数670万部を突破しており夏目漱石の『こころ』と何十年にもわたり累計部数を争っているベストセラーであるが、まだまだのようである。ま、映画に出てきた高良健吾さんを見て、「三島由紀夫って有名なひとなの?」と言ってスマートフォンで調べていた若いひともいたから、それよりは太宰の認知度は高いのだろう。

蜷川実花監督の映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』(2019年9月公開)のストーリーをひとことで言えば、小説『人間失格』の誕生と太宰の死までを、太宰を愛した3人の女たちの物語とともに綴られた話だ。「事実をもとにしたフィクション」であり、これは、蜷川ワールドの中の「太宰治」である。世の中には自分の「太宰治」を持っている太宰ファンが多いから、ファンの数だけそれぞれの「太宰治」はいるだろう。でも、今回の映画の中にいた「太宰治」はわたしの「太宰治」と似ていた。

井上ひさし氏の言うところの「なんちゃっておじさん」(※)と呼ばれるズルくて愛おしくもある太宰治。映画の中にひっそりと漂う、渇いたおかしみが個人的にはたまらなかった。最初と最後のシーンが見事に呼応していた。作り込まれている映像は、舞台演劇にも見えた。窓枠の隙間が、歪んだ十字架に見えた。不良のキリスト、太宰治よ。チェーホフの4大戯曲がなぜ「喜劇」と言うのかも少しわかった気がした。

『人間失格』の執筆へと、太宰は、助走をつけ一気に立ち向かっていく。その心情を表すかのような祭り太鼓の響きに、観ているわたしの心臓もバクバクさせられた。「芸術は爆発だ」と言わんばかりに圧倒的に攻めてくる。このシークエンスは、映画の最大の見どころと言ってもいいだろう(ネタばれになるので詳細は控える)

他に、太宰治好きとして気に入ったシーンは、太宰が缶詰を取り出すシーンやたばこを吸うシーン、妻の美知子が太宰の本にハンコを押すところだ。マニアックだが、細かい史実のエピソードを大事に物語に入れてあり、たまらずに萌えた。脚本を書くにあたってかなりのリサーチをしていることが感じられる。

そして、子役がなにより素晴らしかった。園子ちゃんと、正樹くんは、大人より子どもが大事と思いたいくらいだ。演技というよりもリアルで、抱きしめたくなるほど愛おしかった。映画の中では、まだ赤ちゃんの津島祐子さん。のちに小説家になり父親をモデルとした『火の山 山猿記』を書くことになるのだか、それは太宰自身も知る由はない。この小説の父親の死は、映画も現実もはるかに超えている。

来年は、成島出監督のコメディー映画『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』(2020年2月公開)も控えている。ケラリーノ・サンドロヴィッチが脚本・演出を務めた2015年の舞台『グッドバイ』の映画化で、舞台同様、主役の小池栄子さんの演技が楽しみだ。(映画が始まる前に予告で流れた)

そういえば、この映画の中で『グットバイ』に触れるシーンは出てこなかった。太宰治が最後に書いていた小説は書きかけの『グットバイ』であり、未完である。

※井上ひさし『太宰治に聞く』文春文庫より
格好良くポーズをきめる、偉そうな警句を口にする、なにか美しいことを云う、貧者や弱者を庇って正論を吐く、そのたびに照れて含羞かんで、「なあんちゃって」と崩す。これが太宰の文体の、いや彼の文学の基調なのです。
<役者になりたい・・・・・・なあんちゃって。>
<夏まで生きてゐようと思った・・・・・・なあんちゃって。>
<私は市井の作家である・・・・・・なあんちゃって。>

(2019.10.3)