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本当の自分をさらけ出して/安江沙碧梨②

親の心子知らず。
子の心親知らず。
親子であっても、すべてがわかりあえることは難しいものです。

富士通レッドウェーブのポイントガード、
安江沙碧梨選手(コートネーム:サオリ)は親の思いに応えようとするあまり、
どこかで自分の心を見失っていたのかもしれません。
いや、何が親の心で、何か子の心か、つまりは自分の心さえ、わかっていなかったのかもしれません。
幼いと言われればそれまでかもしれませんが、
それほど安江選手の心は純粋で、親思いだったのでしょう。

同期に教わった自立の第一歩

そんな安江選手もまた、さまざまな出会いや経験を重ねていくうちに、
このままではいけないのではないかと思うようになります。
自らの意思で人生を切り拓いていこう。
それが日本体育大学での日々でした。
とはいえ、これまで、敷かれたレールの上を必死に走っていた安江選手にとって、自立が何かもわかりません。
それは進路決定に限らず、日々の練習でもそうです。
自主練習をしたことが、まったくないわけではありませんが、
何をどうすることが自分の成長につながるのか。
あまり考えてきませんでした。
それを大学の同期たちに教えられるのです。

彼女たちは朝5時に起きて、大学の体育館で自主練習するのを日課にしていました。
シューティングはもちろん、自分の足りないところを埋めるワークアウトもしていました。
それを横目に見ながら、布団から出てこようとはしない安江選手。
しかし、監督が彼女たちの努力を認める発言を聞き、文字どおりの危機感を抱いた安江選手は、そこから動き出します。
「これまですべて親に任せていたから、自分でやる感覚がわからなかったんです。そのため同期にもいろんなことを注意されていて……。正直なところ、苦しいと感じることもありました。なんで、そんなことをしなきゃいけないの? と。でも、よくよく考えてみれば、大事なことなんですよね」


遅きに失した感もありますが、何事にも動き出すのに遅すぎることはありません。
ましてや自分の成長につながる努力です。
いつから始めようとも、そこから生み出されるものは必ずあります。
「大学の監督や同期には本当によく怒られました。特に同期の3人――姫路イーグレッツの御子柴百香や、実業団の三井住友銀行に行った太田咲里、日立ハイテククーガーズでマネージャーをしている鈴木彩可にはよく『なんで、そんなこともできないの?』とか『だらしない』とか言われて……最後まで自立はできなかったかもしれないけど、最後に『ちょっとは成長したね』って言ってもらえましたね」

コロナ禍の成果が魅了するきっかけに

そんな日々を送っていた大学3年生の頃、ひとつの知らせが舞い込んできます。
富士通レッドウェーブでプレーしてみないか――。
その少し前あたりから、Wリーグでプレーしてみたいという思いはありました。
どのチームに行きたいという希望があったわけではありません。

ただ、距離的に近いという理由で何度か試合を見ていたレッドウェーブが、もしかすると自分に合うのではないか。
切り取りでしかないとわかったうえで見ていたSNSの動画でも、どうやらレッドウェーブはよさそうなチームだ。
そんなことをぼんやりと思っているときのオファーでした。
しかもBTテーブスヘッドコーチ自らが大学に出向いてきてくれた。
「3年生のときのインカレの試合見てくださったみたいで、その頃はとりあえず得点を取りに行っていたから、そういうところを見てくださって、『どこか人と違う動きするね。魅了されたよ』というようなことを言っていただいたんです」
安江選手が持つ、女子選手にはまだまだ多くないドリブルからの1対1のスキル。
コロナ禍にお父さんとともに磨いたスキルが、学生生活の最後に最高のギフトをもたらせてくれたのです。

芽生えてきた心からの向上心

レッドウェーブに入団したものの、すぐに活躍できるほど甘くはありません。
もちろん、それはわかっていたことです。
「覚えることが多くて、大変で……いや、覚えることそのものは難しくないんですけど、それを実戦でやることがすごく難しいです。頭ではわかっているのに、体でそれを表現できない時期が続いていたので、そこは苦労しました」


正式入社から10か月。
その間に合宿があったり、遠征があったり、プレシーズンゲームもありました。
10月中旬からはレギュラーシーズンも始まっています。
徐々にレッドウェーブとして共有すべき考え方にも慣れてきました。
手応えを感じるときもあります。
まだまだ足りていないところが多いことも理解しています。
特に好不調の波が大きいことは、シーズンを戦う上では修正しなければいけない大きな課題と言っていいでしょう。
「得意なオフェンスに関して、最近はシュートが短いことを指摘されることがあります。また、攻められるときはよくても、攻められなくなったら何もできないことがあったので、それらの改善をしなくてはいけないなと考えています。」
課題はけっして小さくありませんが、ルーキーシーズンはとにかくアグレッシブに自分の持ち味を出すだけだと言います。

「日本代表を目指してほしいという親の願いもありますが、さすがにそこまではいけない……いや、そうやって決めつけるのは良くないので、なれたらいいな、くらいにぼんやりと思っています。でも今はバスケを楽しむというか、成長したい。もう少し上手くなりたいという気持ちでやっていますし、何よりチームに貢献したいという気持ちが一番強くあります」

自らに心からのセレブレーションを

知らず知らずのうちに親の思いを背負い込んでいました。
それはけっして楽なことではなかったと振り返ります。
でもそうした苦しい時期を乗り越えた先に楽しさがある。
大学時代にそう知ったからこそ、レッドウェーブに入った今もまた、何か楽しいことがあるのではないかと探しています。
「昨シーズンのアーリーエントリーのころ、どこかでやっと縛りから解放された感じがあったので、シンプルに自分らしさを思いきり出せる楽しさがありました」
自分らしさを出す解放感を知ったからこそ、今度はそれをいかにチームにフィットさせていくか。
それこそが新しい章の始まりです。
「そうなんです、これからなんです。自分でも何が起こるかわからないので、楽しみなんです」


チームメイトのシュートが決まったとき、我先にベンチを飛び出し、大きな動きでそれを喜ぶ安江選手。
笑顔のセレブレーションからは知ることのできない苦悩を内に抱えながら。ついにそれを解放するときが来ました。
簡単ではないでしょう。
しかしお父さんと磨いてきたプレーに、心からの笑顔がマッチしたとき、それはレッドウェーブにとっても、安江選手にとっても、大きな推進力になるはずです。