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勇気をもって目の前の刹那に集中せよ〜人生の自由を手に入れる、たった1つの方法

名著「嫌われる勇気」を再読したところ、あらためて胸にグッときました。そして、実はこの本に書かれていることと本質的に同じことを、いろいろな人が違う角度から表現していることに気づくとともに、かなり思考が広がったので、まとめて紹介したいと思います。

この本の内容をあえて乱暴に要約すると「目の前の刹那に集中し、勇気をもって自分の人生を生きよ(たとえ誰かに嫌われることになろうとも)」になると思います。

いくつか重要なポイントを引用します。

- 人生とは誰かに与えられるものではなく、自ら選択するものであり、自分がどう生きるかを選ぶのは自分なのです。
- あなたは他者の期待を満たすために生きているのではないし、わたしも他者の期待を満たすために生きているのではない。 他者の期待など、満たす必要はないのです。
- もしも人生が線であるのなら、人生設計も可能でしょう。しかし、われわれの人生は点の連続でしかない。 計画的な人生など、それが必要か不必要かという以前に、不可能なのです。
- 人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那 なのです。そしてふと周りを見渡したときに「こんなところまで来ていたのか」と気づかされる。
刹那としての「いま、ここ」を真剣に踊り、真剣に生きましょう。過去も見ないし、未来も見ない。完結した刹那を、ダンスするように生きるのです。誰かと競争する必要もなく、目的地もいりません。踊っていれば、どこかにたどり着くでしょう。
嫌われる勇気
岸見 一郎、古賀 史健

まず、山口揚平さんが自身の経験に基づいた実感として、同じことを語っています。

生きている過程とは、何かと何かが分かれていない状態であり、常に一つです。 手段と目的が分けられていなくて、何かのために何かをする、ということがありません。あるいは今と未来が分かれていません。ただ今、その瞬間だけのために何かをする、という状態が継続していました。 それが生きるということの本性だと思います。そういう意味で、僕はたしかに生きていたのです。
そろそろ会社辞めようかなと思っている人に、一人でも食べていける知識をシェアしようじゃないか
山口 揚平

私も同意見です。
人生を計画し、そのとおりに歩んでいけるほど単純なら、誰も悩みません。手段と目的が分かれておらず、過去も未来も正確に見えず、人間にとって世界はあまりに複雑すぎる。だから、われわれにできることは「いま、ここ」に焦点を当てることだけであり、それが「生きる」ということそのものだと。

そして、紀里谷和明さんも同じことを書いています。

「やりたいと 思ってしまったこと」が何かを突き詰め、ただそれを行動に移す。迷ったらまた問いかけて、行動する……。人生って、ただ単純にその連続でいいんだ、って思ったんです。
地平線を追いかけて満員電車を降りてみた
紀里谷和明

さらに、まったく同じことを、福本伸行さんも「天」のなかでアカギにこう語らせています。

ただ…やる事…その熱…行為そのものが…生きるってこと……!
実ってヤツだ…!
天(18巻)
福本伸行

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ちなみに、その他にもいろいろと共通点があるので、この二人は気が合いそうですね。

わたしは「結果が出なくてもいい」とは言っていません。ただ、いい結果が出ようが、悪い結果が出ようが、どちらからでも「喜びを得られる可能性がある」という事実を知っていただきたいだけです。
地平線を追いかけて満員電車を降りてみた
紀里谷和明
成功を目指すな……と言ってるんじゃない……!
その成否に囚われ……思い煩い……止まってしまうこと……熱を失ってしまうこと……これがまずい……!こっちの方が問題だ…!
いいじゃないか…!三流で…!熱い三流なら上等よ……!
天(18巻)
福本伸行

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「無意識」に関する書籍を何冊も書いている梯谷幸司さんも、同じことを書いています。

悟りのレベルに到達している人たちは、こんなことを言います。「私には記憶がありません。なぜなら過去がないからです」 悟りに到達した人たちは、時間というものが本来ないことに気づいているのです。今、今、今、今、今。今の連続があるだけ。過去も未来もありません。ただ「大きな『今』がある」という感じです。
無意識を鍛える
梯谷幸司

また、楠木建さんは、別の角度から「嫌われる勇気をもて」「人生は線ではない」と同じ趣旨のことを書いています。

-「攻撃してくるのは暇な連中」。自分にやるべき仕事があって、それに没頭している人は人のことをいちいち気にしてああだのこうだの言ってこない。責めてくるのはその人にたいしてやることがなく、暇だからだ、というわけです。
- 「最適なキャリアパス」など世の中には金輪際存在しません。
好きなようにしてください
楠木建

では「やりたいこと」「好きなこと」「自分が集中すべきこと」は、どうやって見つければいいのか?

世の中には「世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方」(八木仁平)や「科学的な適職」(鈴木祐)のような本があるのですが、多くの人が、

・そんな簡単に見つかるわけがない
・アンテナを立てて待つしかない
・なんならなくても構わない
・嫌いなことをやる方がよほどまずい

と書いています。

- 僕を含めたフツーの人々にとっては、自分が本当にやりたいことなんて、具体的にはもちろん、抽象レベルでもそう簡単にわからないというのが本当のところだと思います。
- 自分の好き嫌いに嘘をつくことはできません。「嫌いなことをしないでください」がなぜ大切なのかというと、自分をだまして好きでもないことをしていると、そのうちに何が本当に好きなのかが自分でもわからなくなってくるからです。これが一番怖い。
好きなようにしてください
楠木建
- 日々の生活の中で「やってみたいと思ってしまったこと」はすべて、行動して確かめてみる必要があります。そうすることによって、あなたの「好き」「嫌い」という感度が高まっていくのです。
- 「カレー屋さんが近くにないからそばでいいや」とか、「海は遠くて大変だから来年行こう」と考えてしまっていませんか? 代替案でごまかしてはいけないのです。
地平線を追いかけて満員電車を降りてみた
紀里谷和明
- 好きなことがあるということは素晴らしいことだ。だが、ないからといって悲観する必要はまったくない。なぜなら、『ある程度やりたいこと』は必ず見つかるからだ。
- 好きなことは、見つけるものではない。見失うものなのだ。
- 仕事で嘘をついている限り自分を好きにはなれない。
転職の思考法
北野唯我

たくさんの人の言説をまとめると、結局、

・誰かが考えたレールに沿って、他人の期待に応えて承認を得ながら生きるのは、ある意味で楽だけれど、そんな小利口に見える生き方は偽りである。
・それを捨てるのは勇気がいることだけれど、自分の人生の「いま」を後悔なく生きるためには、それを振り絞る必要がある。

という抽象的なポイントで一致しており、やはり「勇気をもって目の前の刹那に集中せよ」ということになりそうです。

こんなことが簡単にできるなら、誰も悩みません。失敗が怖い。合理的な思考を捨てて、狂気に身を委ねるのとほとんど同じですから。だから、アカギに「恐れるなと」叱咤されて蹲るひろゆきの気持ちがよくわかります(「天(18巻)」福本伸行)

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これに対して「鬼滅の刃」の煉獄杏寿郎の言葉が胸に刺さります。

胸を張って生きろ。己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと。心を燃やせ。歯を食いしばって前を向け。君が足を止めて蹲っても、時間の流れは止まってくれない。共に寄り添って悲しんではくれない。
鬼滅の刃(8巻)
吾峠呼世晴

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最後に「嫌われる勇気」には、こういうことも書かれています。

あなたも、そしてわたしも、たとえ「いま、ここ」で生を終えたとしても、それは不幸と呼ぶべきものではありません。 20 歳で終わった生も、90 歳で終えた生も、いずれも完結した生であり、幸福なる生なのです。
嫌われる勇気
岸見 一郎、古賀 史健

そう。そう信じたい。

真剣に生きたなら、いつ終わっても、どう終わっても、「幸福なる生」になると信じたい。

誰だって、いつ死ぬことになるかは分からないのだから。

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