写真_2019-12-26_21_02_01

わたしのおしごと

こんにちは。鍛冶を始めて2年が過ぎようとしている藤田です。
2020年はたくさんアウトプットするぞ!と意気込んで色々動き回っている日々です。
今日はわたしのおしごとについて書いていこうと思います。

1,一人の若者として何ができるか?

僕は鍛冶屋になる前は音楽を生業にしてきました。
ステージでの演奏、楽曲制作、講師業、パフォーマー、審査員、。
音楽を通して様々なおしごとを経験しました。
そんな僕が大好きな音楽を離れ鍛冶屋へと転身したのにはこの問いかけに答えるためでした。

「一人の若者として何ができるか?」

僕は小さい頃からどんな死に際がいいのか考えていました。
あ、もちろんポジティブな意味でですよ?
どう命を使い切って生きていくのかということです。

そんな未来の話なんて具体的には想像もつかないもの。
だから僕は一つの軸を設けました。

「自己中心的利他を住処とする」

これは数年前に出会った言葉ですが僕が昔から抱いていた感情を的確に言語化している言葉です。
自己中心的でありながらそれが利他、誰かの為になっている状況です。

これをしごとに出来ればいいなと漠然と考えていました。

画像1

前述したように前職は音楽をしていました。

なかでも二十歳を過ぎてからはステージ演奏で海外へ行くことが多かったのですが、その時に日本の文化について改めて面白いと感じることが度々ありました。
色々調べていくうちに様々な分野で抱えている共通した大きな問題が目に入ってきます。

後継者問題

ほとんどの分野で問題視されているといっても過言では無い後継者不足。
職人の高齢化や賃金の低さ、働く環境など数え切れない問題が総合的に絡まっているが故になかなか解決の糸口を見つけられずにいる。

ただ、僕はそこに違和感を感じました。

これって誰の問題ですか?
現役の職人さんの問題ですか?
組合の問題ですか?
行政ですか?消費者ですか?

違います。

僕の問題です。

未来を作って行く若者である僕自身の問題です。

こう思ってからは早かったです。

「一人の若者として何ができるか?」

僕の回答は

「後継者問題に取り組もう」

「問題を直に背負う当事者として」

2,藤田の現状、鍛冶の現状

様々な分野の中でなぜ刃物鍛冶を選んだのか?
一言で言うとものづくりの原点だと思ったからです。

この刃物じゃないとしごとにならない。
といった使い手さんの声がある一方で二言目には

「でももうこの刃物を作れる人がいない。」

技術も体力もあるのに道具が無いせいでしごとが滞ってしまう。

僕はこの点に非常に強い恐怖を感じました。

幼い頃から木工が好きで刃物を使うのが日常だったこともあり、プロだとなおさら道具にこだわっているのは容易に想像できます。

そんな刃物の使い手であるものづくりのプロ達が築きあげてきたものが、現在になって日本文化へと昇華し認められてきたのに、今まさに消え去ってしまう寸前まできている。

それも使い手はいるのに道具が無いからである。
なんとも勿体無い。

ならば、僕に課せられた使命は

刃物鍛冶の文化の中で後継者問題に取り組みつつ、刃物の使い手が刃物で困らない社会を作って行く

画像2

そんな思いで刃物鍛冶を始めて来月で2年になります。

2年間修行をしてきて思うのは「やはり簡単では無い」ということ。
知識も経験もゼロから始まったので当たり前ですが、なかなかうまくいきません。

でもそれは技術だけの話であって、着実に僕の使命は前に進んでいます。

中でも大きく実感しているのは鍛冶育成プロダクト「富士山ナイフ」の誕生です。

富士山ナイフについては前記事「成長する過程。自走と修行。」にて詳しく書いていますが、一言で言うと

後継者志望 本人お金を生みながら成長していける自走式カリキュラム

なのです。
つまり、これまでの刃物鍛冶における弟子入り制度を根底から見直すことで、後継者になりうる若手が育てられる環境を作りました。

他にも展示会での対応や海外での包丁研ぎワークショップの開催など、制作以外での活動もしてきました。

2020年は更に多方面での広がりを意識して行動していく予定です。

3,鍛冶屋としての藤田の立ち位置

さて、ここまでは一人の若者として刃物鍛冶の後継者問題について当事者として取り組んできたことを書いてきましたが、実は僕には鍛治職人としての理想的な立ち位置があります。

刃物鍛冶を志した根本でもある目標
「刃物の使い手が刃物で困らない社会を作って行く」

これを叶えるのが僕の刃物鍛冶職人としての最終目標なのです。
つまりそれが叶った暁には僕は職人ではなくなるのです。

順を追って説明していきます。

現状、刃物で困っている人がいる限り僕は耳を傾けなんとかしてあげようと試作に励みます。

でも理想は、僕の他にもその問題を解決できる職人がいる社会なのです。

考えてみてください。仮になんでも作れる腕を持ったとしても僕にしかできないことであれば僕がいなくなったら困る人ができてしまうでしょう?

それだと意味がないのです。
ただ単に僕がすごかった奴になっておしまいです。

そうじゃない。僕は刃物で困っている人をゼロにしたい。

そのためには複数人の職人が協力していくのがベストです。

そのためには職人同士が繋がる必要がある。
新しい職人を育てる必要がある。
生きていくのに稼げる業界にする必要がある。
作業する場所をこさえる必要がある。

他にもたくさんのやらねばならないことがある。
将来、僕の他にも刃物で困っている人を救ってあげられる職人がいてくれるのなら僕はこれらの問題の解決に尽力したい。

4,お願い

最後にここまで読んでいただいたあなたに僕からお願いがあります。

僕がこれらの思いで刃物鍛冶を始められたのには一緒に伴奏してくれた仲間がいてくれたからなのです。

兵庫県は小野市にありますデザイン会社「シーラカンス食堂」

彼らは、まだ何もない状態の僕をパートナーとし鍛治工場の設営や技術向上に向けた研究修行。材料費や燃料代。
様々な負担を顧みず僕の夢に伴奏してくれました。

これまで2年間まともに恩返しもできていない状態でしたが、ようやく少しずつ恩を返していけるきっかけが生まれました。

それがシーラカンス食堂のHPで立ち上がったシーラカンス食堂の夢を叶えるページです。

シーラカンス食堂の夢を応援するプロダクトがラインナップされていますが、そのほとんどに僕が参加させていただいてます。

鍛治工場MUJUN WORKSHOPとして鍛冶屋体験できるプランや、
僕の作る鍛冶屋の独特の道具たち、
絶賛修行中の生花鋏、
もちろん富士山ナイフも。

僕が鍛冶屋として磨いてきた技術を世間にアウトプットし、シーラカンス食堂の夢を支えることができれば最高の恩返しになると確信しています。

一度でもいいのでこの「シーラカンス食堂の夢を叶えるページ」をみていただけますと幸いです。

そしておしごとをいただけますと、こんなに嬉しいことはありません。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

今後の活動資金にさせていただきます。