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書評『楽しくなければ仕事じゃない』干場弓子著

 著者は、日本でも数少ない直販制をとる出版社の社長で、出版界の異端児と言える人です。直販だけで創業35年を迎えるというだけでも異端ですが、電子書籍を自社のウェブサイトで発売したり、インターネットを使った著者発掘を2000年代前半から行ったり、外国のブックフェアに乗り込んだり、中国や韓国との版権のやり取りを自社で行なったり、これまでの活動のことごとくが日本の出版界の枠を超えている人です。

 そんな著者の初めてのビジネス書は、自社からの出版ではありませんでした。自社の編集から求められなかったからと平然と仰いますが、まあ、自社の社長の本を編集したくないと思うディスカバー21の編集者の気持ちもわからないではありません。ラブコールした東洋経済社の編集者からは、ワンマンで知られるG社のK社長の本も他社からだと口説かれたらしいです。

 小説では、処女作にはその作家の全てが詰まっていると言います。
 小説ではありませんが、この本には、たぶん、干場さんの言いたいことが全て詰まっています。干場さんの話は何度か拝聴してきましたが、これまで講演会で話してきたこと、何気なく会話した際に聞いたこと、編集教室の中で話したこと、そんなことの全てが書いてありました。

 本の構成は、働く人を惑わす10の言葉として、10章からなり、主に若い人に向けた働くことを考えるための至言が詰まっています。今の社会で、働くために大事だと言われるような言葉たちに対して、本当にそうなのか、それは実は逆なのではないか、視点を変えた干場節が炸裂します。

その10の言葉は以下の通り。

キャリアプラン 
効率
好きを仕事にする
夢をかなえる
ロールモデル
ワークライフバランス
嫌われてはいけない
リーダーシップ
自己責任
自己成長

どれもこれも、若者が就職するにあたって考えさせられる言葉たち。

これをバッサバッサと切り倒していきます。

しかし、それは若者に対してひっくり返しているのではなく、既存勢力、わかりやすく言えばオヤジ達に対してひっくり返しているのだと思います。
だから、本当は読むべきはオヤジ達で、変えるべきは既存勢力。

でも、目の前にある社会に疑問を感じている人ならば、どのページをパッとめくって、そこだけ読んでも、きっと、モヤモヤした疑問が氷解するような気になるのではないでしょうか。

人生について、働き方について、社会について、この本を読めば、その視点をどう持てば良いかがわかります。どうすれば良いかではなく、どういう視点を持てば良いか。ハウツー本ではなく、ホワットツー本だと言えます。

この本を正しく読めば、あなたの視点を変え、明日を変えるでしょう。

何故ならば、それが、干場さんのミッションだから。

そして、この本の最後で、干場さんは書いています。

美しくなければ仕事じゃない。

この美しさとは、単なるビューティーではなく、エシカルな美しさ。

人の行為として美しいか
会社のあり方として美しいか
自然界のものとして美しいか

編集にとって必要なものは、真善美だと干場さんは言います。

認識上の真と、倫理上の善と、審美上の美。人間の理想としての普遍妥当な価値をいう。

普遍的な価値から、目の前にあることを判断すると、小さな正義ではなく、社会的な正義なのかどうか、それはやるべきことなのかどうかが見えてくるはずです。

そして、その人の美学が磨かれ、どう生きるかが見えてきます。

何を言うかではなく、何を言わないか。
何をするかではなく何をしないか。

では、この本で言われてないことは何か、しなかったことは何か。

昨日参加した、出版記念のイベントで、干場さんは参加者からの質問に答えました。

この本に関してはないですね。

ないんかーい!

つまり、全てを詰め込んだ本だと言うことでしょう。

それにしても、アマゾンの本の紹介ページの内容紹介が熱すぎます。

担当編集者の意気込みが見えますが、ちょっと引きます。

でも、その熱さがこの本を作ったことが伝わってきます。

そうした細部まで楽しめる本です。



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