大人の会話劇「嘘」を俳優座劇場で観て来ました:ネタバレあり。
日曜日は良い天気で、久しぶりに六本木まで行きました。
トンカツ食べて気分を上げて六本木へ
お昼は、奮発して豚組でトンカツ。
脂身がうまいサブマリンをいただきました。
西麻布から六本木まで歩き、俳優座劇場へ。
千秋楽を迎えた「嘘」を見るためです。
世界中で人気沸騰のフロリアン・ゼレール作品。母国フランスでは『母』がモリエール賞を、『父』がモリエール賞 最優秀脚本賞を受賞。昨年は日本でも『父 Le Père』(東京芸術劇場公演)が上演され数々の賞を受賞し注目を集めました。2018年にも西川信廣の演出で『真実』(文学座公演)が上演されていますが、本作『嘘』は同じ名前の4人が登場するゼレール自身が愛した姉妹作です。
会話劇の名手ゼレールがディナーに仕掛けた〝嘘″をご賞味あれ!
劇場では検温・消毒に加え、席が一つおきで、実にコロナ対策に気を配っていました。私も芝居を見るのは、今年初めてです。
ゼレールとは誰?
作家のフロリアン・ゼレールは、フランスで注目の劇作家です。
英紙「インデペンデント」によれば、「現在フランス国内で最も魅力的な文学的才能の持ち主のひとり」ということである。
この作家の芝居「父」をパリで見て惚れ込んだ女優・中村まり子さんが翻訳し、周りに売り込んだというのが、ここ最近ゼレール作品が日本でも見られる理由なのです。
中村まり子さんは大好きなフランス語劇を、自分の劇団のために翻訳し始めたのですが、小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞後、諸劇団からの依頼による翻訳の仕事が増えているとか。
また劇作家、演出家、戯曲の翻訳家としても活動しており、中村まり子翻訳・演出による「ラスト・シーン」「ラウルの足あと」上演の成果によってパニック・シアターが2007年度湯浅芳子賞・戯曲上演部門賞を受賞、ウジェーヌ・イヨネスコ作『まくべっと』の翻訳で、2013年度小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞した。
また、演出家の西川信廣さんは、2年前、「嘘」の兄弟作である「真実」を文学座で上演しています。その時の翻訳は演出家の鵜山仁さん。
ある二組の夫婦が繰り広げる恋愛劇の顛末。「男と女」という永遠のテーマに横たわる「嘘と真実」。その狭間で揺れる男女の機微を見事に描くのは、いまフランスで注目の劇作家フロリアン・ゼレール。幾重にも交差する感情の果てに導き出される答えは…。大人の恋愛をエスプリの効いたコメディで軽やかに魅せます。本邦初演となる今回、翻訳にあたるのは演出家鵜山仁。演出の西川信廣とのコンビネーションが実現しました。
これは残念ながら私は見てないのですが、鵜山さんの翻訳も演出家ならではの工夫があったに違いありません。
今回は、女優でありながら劇作家であり演出家でもある中村まり子さんの翻訳なので、セリフが実に日本語として粒立っていて、ありがちな翻訳劇の臭いセリフ(日本語でそんなこと言わないだろう的な)は全くありません。
会話劇だからこそ、台詞のリアリティは重要で、そこに自作でも言葉にこだわる中村まり子さんが翻訳したのだから、面白くないわけはないと期待して行きましたが、やはり、素晴らしい作品でした。
何が「嘘」で、何が「真実」なのか
千秋楽も終わったので、ネタバレありの書き方をしますが、この作品は、「真実」でも出て来た二組の夫婦ミシェルとロランス、ポールとアリスが登場し、今回は主にポールとアリスの間で話が進んでいきます。
「真実」を見た人には、「嘘」の構造がひょっとしたらネタバレになっていたかもしれませんね。私は見ていないので知らなかったのですが、この二組の夫婦が抱える「真実」とそこにある「嘘」のお話なのです。
「嘘」の冒頭はこんな風に始まります。
ポールとアリスは、親友の夫婦ミッシェルとロランスをディナーに
招待している。
二人が来たらとっておきのワインを振る舞おうと張り切るポール。
しかしアリスは「ディナーをキャンセルして」と言い出した。
実はさっき街でミッシェルが見知らぬ女とキスしているのを目撃し
ロランスに話さずにはいられないからと。
それを聞いたポールは「喋っちゃダメ」と大反対。
結局「今夜はキャンセル!」と決めたそのとき
玄関のベルが鳴り、やむなくディナーは始まってしまう……!!
知っているのか、知らないのか、嘘なのか真なのか、アリスとポールの会話が絡み合い、一言で状況が転換し、見ているこちらも何が真実はわからなくなります。そして、混乱したポールに呼ばれた親友ミッシェルが話す「仮説=アリスの相手が自分」と「嘘=アリスのでっち上げ」は、その後、アリスの話す「真実」と溶け合って、さらにポールを混乱させます。
なぜならば、兄弟作である「真実」のあらすじは、こんな話なのですから。
ミシェルは親友ポールの妻アリスとホテルでいつものように昼下がりの情事を楽しんでいる。帰り際、アリスはミシェルに不満をぶつける。「こんなデートじゃなく、たまには週末に遠くへ行って過ごしたい…。」アリスを失いたくないミシェルは週末の旅行を承知し、午後の会議も体調を理由に欠席する。この会議の欠席や浮気旅行のアリバイ作りをめぐってミシェルは大騒動を繰り広げるが、次第に真相が明らかになっていく……。
そして、ミシェルの妻ロランスの表情にも……。
この設定が、そのまま「嘘」にも展開されています。
つまり、この2組の夫婦はお互いがお互いの不倫相手でもあるわけです。
ポールが告白した人生を誤った相手はロランスであり、アリスが告白したように相手はミッシェル、それが最終幕で明かされます。
実によくできた構成の芝居で、それを忠実に演出した西川さんの手腕も素晴らしい。演出が何もしていないように見える芝居は、実は、演出が行き届いた芝居なのですから。
「嘘」と「真実」は同時には見えない
私が、西川演出で感心したのは、開演前から緞帳のように吊るしてある幕のデザインです。幕間が来るたびに、この布に照明が当たり、しかも微妙に変化する。それがまた違和感と不安を掻き立てます。
なぜかというと、二人の女性が向き合っているような絵柄なのですが、ものすごく違和感があるのです。その理由は、二人とも目だけ、正面を向いているためなのですが、この二人の女性は、アリスとロランスというわけではなさそうです。
さらに向かい合った女性の顔で真ん中に作られた造形が、ワイングラスのようにも見えます。劇中でワインを飲むから?そうではありません。
これは、心理学で有名な「ルビンの壺」という図を模したものなのです。
背景に黒地を用いた白地の図形で、向き合った2人の顔にも大型の壷(盃)にも見えるという特徴を持つ。
ルビンの壺は、図と地の認知という心理学の有名な課題の説明に使われます。
ルビンの壺では白地(つまり壺のように見える部分)を図として認識すると、黒地(つまり2人の横顔のように見える部分)は地としてしか認識されず(逆もまた真である)、決して2つが同時には見えない
これはまさに、「嘘」と「真実」の関係に似ています。
片方を見つめてしまうと、もう片方が見えなくなる。
二つは同時には見えない。
西川さんは、この芝居の核心を、この一枚の絵に象徴させているわけです。
この芝居は夫婦で見に行ってはいけない
今回、妻と一緒に観に行ったのですが、観終わった後二人で顔を見交わし、「これは難しい芝居だねえ」と笑いあいました。大人なので。
感想が言いにくい。特に、妻との間では。
アリスに追及されたポールのようになりたくなければ、この芝居を夫婦で見に行かないことをお勧めします。どこに感心したかとか、何が面白かったとか、一言でもいうと、そこが切り口になって、自分の中の「嘘」を暴露する羽目になります。知らんけど。
私は平気ですけどね。嘘がないから(笑)
「嘘」を見た後に思い出したのは、この話。
壇蜜さんが、この対談の中で言った、この言葉です。
「ありのままに見せていいのは、ディズニー映画の中の、雪の女王だけ。あの話につられてしまうと、大変なことになるとおもいますよ。生身の人間なので」
劇中で何度も、アリスがポールに向かって「ありのままで」という言葉を使います。でも、ありのままは結局、よくないんじゃないですかね。
1年ほど前に書いた、この記事の中に、私の考えは書いてありました。
気をつけないといけないのは、相手との関係を壊したくないならば、呼び方に気を配る必要があるということなのだ。
同じように、相手との関係を重んじるならば、嘘をついてはいけないとは言わないが、口にしないという分別はあってもいいと思う。
それが、劇中でも使われた相手に対する思いやり、つまり「デリカシー」というものではないでしょうかね。
これも妻には言いませんけどね。