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五輪開催の可否への肝は、参加したくない人たちの声ではないだろうか

オリンピックへの反対意見がますます吹き荒れています。

私の懸念は、実際にできるかどうかよりも、海外から選手が来てくれるかどうかの方に向いています。

IOCと日本選手以外に誰も参加しないオリンピックにならないことを祈ります。

日本が中止しても問題はないのかも

東京五輪開催に反対する各国の主要メディアの記事では、IOCへの批判とともに、日本のコロナ対策特にワクチンの遅れが指摘されます。

ワシントンポストの「ぼったくり男爵」で知られた記事。

その主な主張は、IOCの過剰さと、五輪にお金がかかりすぎる状況の否定です。

IOCはインチキ公国だ。気取って壮大絢爛を売り歩く者たちのための腐敗しがちな金銭の受け皿だ。

そして、日本が中止したとしても問題はないと指摘します。

ここで仮に日本が契約を破ったと想定してみよう。
そのときIOCは何をするのだろうか。訴訟を起こすのだろうか。しかし、そのときはどの裁判所に訴えるのか。そもそもこれはどの裁判所の管轄なのか。パンデミックのストレスと苦しみにあえぐ国で五輪を断行しようとしているのだ。そんな訴訟を起こしたとき、IOCの評判はどうなるのだろうか。

それどころか、日本が返上することでIOCと五輪の悪しき風習を止めることができるかもしれないとまでいうのです。

日本はIOCに何の借りもない。中止は痛みをともなうだろう。だが、それは弊風の一掃にもなるのである。

気になるのはワクチンと五輪

さらに、クーリエジャポンは、この記事に寄せられたコメントも掲載しました。

その中には、こんな声もあったようです。

一方で、「日本のワクチン接種率が2%という事実に驚いた」という声もあった。

私個人としては、こういう声が広がることで、日本に行きたくないというムードが広がることが、オリンピック以上に影響がありそうな気がします。

クーリエジャポンが紹介するフランスの特集もワクチンと五輪の関係を問うています。

「現在、東京都の人口1400万人に対し、1日のPCR検査の数が1万件を超えることはほとんどない。1人が4年に1度接種できる程度の割合で行われているに過ぎない」という専門家の言葉を引用し、「東京で1日3万回の検査が可能なのであれば、なぜ住人には提供しないのか。無料でPCR検査を受けるには処方箋が必要であり、自分の希望で受けるには検査に最大250ユーロ(約3万3000円)も払わなければならない。さらに、1億2700万人の国民がいるなか、抗原検査は1日5000件にも満たない」。こう矛盾を問いかける。

最もな指摘です。ほんまにできるんかいなというところです。

五輪そのものが問われている

オリンピック自体へ否定的な意見が寄せられているのも宜なるかな。

散見されたのは、「オリンピックを“定住化”させてはどうか」という意見だ。
「私がもしオリンピックを運営するなら、第一に開催地はずっと固定にするだろう(ギリシャでの開催は一番合点がいく)。冬季開催もインスブルックやグルノーブルなどに固定すれば良い」
「過去に建設が完了した優れたオリンピック施設があるのだから、そこでローテーションしながらやればいいじゃないか」
上記のコメントには多数の同意と返答が寄せられていた。

オリンピック開催を喜ぶ国は、もはや限られているのかもしれません。

それは、最初に紹介した記事でも指摘されています。

IOCに対して賢明にも「ノー」を言った都市にはバルセロナ、ボストン、ブダペスト、ダボス、ハンブルク、クラクフ、ミュンヘン、オスロ、ローマ、ストックホルム、トロントが挙げられる。2028年の五輪開催でIOCから大きな譲歩を勝ち取ったロサンゼルス市長エリック・ガーセッティはこう言っている。
「(都市の多くは)適正なモデルを見つけない限り、オリンピック開催を絶対に承諾しません」

オリンピックの肥大化が、普通の都市で開催できるレベルを超え、開催都市ではなく開催国の経済に負担を与えている事態が何回も続いているからでしょう。リオはアテネは、ソウルはその後どうなったのか。

しかし、ベント・フライフヨルグ、ダニエル・ルンらオックスフォード大学の三人が昨年9月に発表した論文「テールへの回帰―なぜオリンピックは破綻するのか」を読んで、そもそもオリンピックに経済浮揚効果があるかは極めて疑わしいということがわかり愕然とした。むしろ経済を考えれば、オリンピックはしないほうがいい、という調査結果なのだ。

このままのIOCのやり方では、五輪開催地として立候補できるのはオイルマネーなどの金持ち国か、過去の開催経験がある既に施設を持っている裕福な国くらいになるでしょう。

このような不平等な「条約」を結んでまでオリンピックをしようという国は実は少なくなってきている。バルセロナ、ボストン、ブダペスト、ダボス、ハンブルク、クラクフ、チューリッヒ、オスロ、ローマ、ストックホルム、トロントといった都市が、オリンピック開催の選考を辞退している。実は2022年の冬季オリンピックは、北京の他にはカザフスタンのアルマトイだけしか候補として残らなかった。

日本はもう、どちらでもない国になっているように思うのですが、とりあえず施設は作りましたからね。最初は再利用すると言っていたのが、どんどん新設しました。もう作ったからには使わないと損ということなのでしょうか。いや、使えば使うほどお金は出ていくんですけどね。

それでも開催以外の選択はないのか

バッハ会長の地元ドイツでも疑問が出ています。

「観客のいないオリンピックのスタジアムで、アスリートが勝利を目指してテスト競技を戦っても、同時に病院は満床で、大勢の患者が死と闘っているという状況では、オリンピックも盛り上がりようがない」と手厳しい。

こうした状況の中で、IOCも日本政府もきちんとした判断ができないならば、周りから声をあげるべきだという意見のようです。

このようなことから、オリンピックの開催について、「日本政府やIOCが全体の状況を公正に判断することはできない」とハン記者は記す。「だからこそ他の組織が、適切に対応しなくてはいけない」、「ドイツの政府やオリンピック連盟は、パンデミック中のオリンピック開催を支持できるのか今こそ明言すべきだ」という。

こうした声が上がることが、最も抑止力になるでしょうね。冒頭で指摘したように、選手が来ない五輪になるけど、それでいいの、ということです。

こうしてみてきて思うのは、どの国の新聞も指摘していることは似通っていて、それほど異なるものではないということです。その内容は、日本のマスコミが書いてないだけで、日刊ゲンダイやネットニュースが指摘していることとそれほどの違いがあるわけでもありません。

だいたいこんな話です。

・開催の動機は「金」
・IOCは辞める気がない、日本政府はそんなIOCに追随している
・専門家の声を無視している
・ワクチン接種が遅れている、PCR検査も進んでいない
・五輪事態が転換期を迎えているのにIOCは分かってない

誰がみても同じ答えしか出ないということでしょう。

五輪に関係している人を除いては。

行きたくないと言われたらどうなるのか

だけど、五輪を開催する仕事をしているのは五輪に関係している人たちなわけです。そこに、開催以外の言葉は生まれません。

では、どうするのか。

各国が今の感染状況では日本に代表団を派遣することはできないと表明することじゃないでしょうか。

選手ではなく、各国の団体や組織が表明するのが望ましいです。

選手は出たいでしょうし、目標にしてきた人も多いので、そこに判断させるのは酷です。

池江さんにこんなことを言わせてはいけないです。

周りの状況を変えていかないと。

感染拡大の中、揺れるボランティア。オリンピックに向け課題が残ります。

例えば、ボランティア、例えば医療支援、そうしたサポートの上に成り立つ大会だとすれば、そのサポートが得られないとしたらどうなるのでしょう。

各国が代表団を送りたくない、国の中ではみんなが手伝いたくない、そういう五輪は開催できるでしょうか。

それでも開催するのでしょうか。


サポートの意味や意図がまだわかってない感じがありますが、サポートしていただくと、きっと、また次を頑張るだろうと思います。