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丹後のお酢屋さんの深〜い話#01

創業1893年、京都府北部丹後地方、日本海に面した天橋立で知られる宮津市で130年以上お酢を造り続ける蔵、飯尾醸造。“食”は人が生きていく上で、一番大切なこと。 だから「おいしくて、しかも安全な最高のお酢」を造りたい。それが飯尾醸造の基本方針。こうした考えから、お酢の原料となる無農薬のお米作りから手掛けています。そのお米を使って、自社の酒蔵で杜氏が清酒を仕込み、その清酒から米酢を造ります。実はこうしたお酢造りをしているメーカーはほとんどなく、無農薬米づくりからとなると他にはないのです。“日本一”という意味を込めた「富士酢」というブランド名でも知られています。

丹後のお酢屋、飯尾醸造。


飯尾醸造の歴史

1893年(明治26年)、この辺りは稲作が盛んで農家でもあった創業者の飯尾長蔵さんは「米を加工して何かを作れないか」と思い立ったのだそうです。米から作られるものとしては「日本酒」が代表的ですが、同じ村に日本酒蔵が既にあったこともあり「酒ではなくお酢を」と考えたといいます。

2代目長之助さんを経て、3代目、輝之助さんは1964年(昭和39年)、農薬をを使わない米を原料にしたお酢造りを始めました。今は農薬も研究が進み使用条件を厳しくすることで安全性も向上していますが、当時は農薬散布の折には赤い旗が立ち外出が規制されたような時代。「こんな米でのお酢造りはしたくない」という思いだったそうです。日本中の工業化が推し進められ、ともすれば効率化が優先される時代に真逆のことを始めたのでした。

そうして誕生したのが「純米 富士酢」。1969年(昭和44年)のことでした。このお酢に目を付けてくれたのが東京、早稲田の自然食品店。「うちの子供でも食べられるお酢」だと。こうして東京から少しずつ富士酢は広まっていったそうです。

続く4代目、毅(つよし)さんは、原料であるお米を、その生産者である農家からそれまでの3倍ほどの価格で買い取ることにしました。現在、コーヒー豆などで言われるところのフェアトレードです。加えて稲作を支える環境を提供することに着手。紙マルチと呼ばれる雑草が生えにくくするシートを使った農法とそのための田植え機の共用を始めました。やはり無農薬での稲作は作業も過酷で、環境を確保するための地域も限定的であったため、無農薬米でのお酢造りを続けるためには必要なことであったのだそうです。その後、宮津市上世屋地区で蔵人による米作りが始まったのは20年ほど前。作業効率の悪い棚田での稲作を続けられなくなった契約農家に変わり、里山の景観を守るためでした。

5代目当主 飯尾彰浩さん

現在の当主、5代目は彰浩(あきひろ)さん。彼は東京農業大学と大学院で醸造学を修めた後、大手飲料メーカ勤務を経て帰郷、飯尾醸造に入社。この「東京から帰ってきた坊(ぼん)」は先代が始めた蔵人による田んぼでの作業に「サッカーボール」を持っていって休憩時間に楽しんだといいます。稲作に携わる蔵人には稲作は日常的な「作業」であって「しんどい」ものであったことが、非日常の「体験」として「楽しい」ものと感じたそうです。「初めて鍬を使うことも、手作業も」楽しかったのだと。この経験が富士酢のファンのお客様を全国から集めての「田植え」や「稲刈り」の体験会を開催、続けていくことにつながったのだといいます。

飯尾醸造のお酢造り

お酢はアルコールに酢酸菌を加えて発酵させてつくります。

ぶどう→ワイン→ワインビネガー
りんご→シードル→りんご酢
米→日本酒→米酢

といえば理解してもらえるでしょうか。
これらのお酢を醸造用アルコールを使って早く安く作る装置は古くにドイツやフランスで生まれ、使われてきていました。
現在、日本でも大手メーカーでは発酵に8時間から1日、熟成に1〜2週間というサイクルでお酢づくりは行われています。
しかし飯尾醸造では原料となるアルコール(日本酒)をつくるところから行っており「米づくり」に180日、「酒づくり」に50日、「お酢の発酵」に120日、「熟成」に250日以上、もはや2年という比較にならない時間と労力をかけた酢造りを行っています。
こう聞くとそこまでの違いが商品価格には表れていないことに驚きます。そのことを伺うと、「大手メーカーは大量に販売するために販売促進費や営業にかかるコストが商品価格に大きく反映されているのに対して、飯尾醸造の商品価格の大半は原材料費や製造にかかるコスト、設備費であったり人件費」なのだと。また販売にあたっても大手メーカーではお客様の前に問屋さんなどの2次流通がほとんどの割合を占めるのに対して、飯尾醸造では通販や直販など個人のお客様や飲食店が多く、流通や販売のコストを抑えています。このことが価格差を吸収しているのだそう。補足として付け加えておくと東京から広がったマーケットは今や全国区で名簿は4〜5万件、年間の購入者は5,000人以上、リピーターで長年のご愛用者が多いのも誇りだそうです。
ここで気に留めていただきたいのが、量産できるお酢があるからマヨネーズやケチャップといった調味料が安価に提供されるのも事実。飯尾醸造のお酢と大手のものは競合ではなく棲み分けされているのであって、同じ土俵にあるのではないこともご理解いただきたいとのこと。
こうした販売チャンネルの違いを活かすためにお酢の使い方をあまり知らない方にも広めていく努力を重ねており、レシピの提供なども積極的に行っていて、2007年に出版された「京都のお酢屋のお酢レシピ」という書籍は25,000部を超えて重版されているのです。

「飯尾醸造にしかつくれないもの、そしてマーケットをつくっていくことに何十年も腐心してきた。」

これこそが飯尾醸造のものづくり、その歴史を表すものだと言えるのです。


飯尾醸造のラインナップ

基本のお酢のラインナップは、無農薬栽培米を原料にした「純米 富士酢」、そして5代目が商品化に漕ぎつけた(先代からの悲願だった米酢独特のクセのある香り“むれ香”の克服)旨味とコクが違う「富士酢プレミアム」。

また調味酢のラインナップがあり、「富士ゆずぽん酢」、「富士すのもの酢」、「富士すし酢」、そして酒かすを10年以上寝かせて造った赤酢と、2種の米酢を取り合わせ、塩のみで調合した「富士手巻きすし酢」、生野菜をそのままひと晩漬けるだけで、美味しいピクルスが簡単に出来上がる「富士ピクル酢」。さらに「富士しゃぶしゃぶに夢中」は富士酢プレミアムに、旨みたっぷりの干し貝柱で引いた濃厚ダシを合わせており、お酢を器に注ぎ、ご自身で商品付属の粉山椒(やまつ辻田謹製)をたっぷり振り入れ、初めて完成する豚しゃぶのタレ。これらの調味酢は、共働きが増え出汁を引かずに時短で料理をしたい需要に応えたもので、自分達が使って美味しいと思うものを商品化した思い入れのあるものばかり。

そして健康のためのお酢のラインナップ。「富士玄米黒酢」は無農薬栽培の玄米で造り長期熟成させたアミノ酸をたっぷり含んだお酢。またこの黒酢を丸ごと濃縮、出張や外出の多い方やお酢の苦手な方にも続けやすいカプセル「食べる富士酢」も好評です。抗酸化物質ポリフェノールを豊富に含むのは「紅芋酢」。水や炭酸水で薄めて健康ドリンクとして飲む方も多い人気商品。そこに蜂蜜を加えてさらに美味しくなったのが「はちみつ入り紅芋酢」。ビールで割ってビアカクテルとしても疲れた肝臓に優しく召し上がっていただくことができます。

また果実酢として「梅べにす」と「梅くろす」。これらは梅をお酒に漬け込んで梅酒を作るように、紅芋酢と黒酢に梅を漬け込むことでつくっています。

飯尾醸造では「他のお酢屋さんがつくれないものをつくる」ことを信条にしています。「ピクル酢」の誕生の裏話として語られたのは「フードロスへの回答」だったのだと。捨ててしまいがちな余った野菜を一手間かけて美味しく食べられて日持ちもするものに。こんなアイデアを実現した結果、これ以降大手も含めて類似商品が大量に出ることに。

「新しいマーケット」を作り出すことに成功したのです。

「社会性のあるものづくりは楽しいし大切にしている」と当主の彰浩さん。「その中でプラスにはたらく会社でありたい」とも。

モテるお酢屋。

3代目が始めた無農薬米の使用。4代目はそれを進めるための農家との連携、蔵人の米づくり。健康に良いお酢の商品化も行いました。5代目の今、富士酢プレミアムによってユーザーの裾野はプロへも確実に広がり、作業が楽しい体験へと意識改革を果たしたユーザーに向けた田植え、稲刈り体験会も盛況です。

飯尾醸造の現在のスタッフは35名。経営理念に掲げるのは「モテるお酢屋。」ユーザー、スタッフ、契約農家、地元、生産者仲間、飲食店などの取引先、これら全方向からベクトルが飯尾醸造に向く「モテる」メーカーを目指しているのです。
「2028年までには社員食堂をつくります」と当主。「日本で一番原価の高い食堂」にするとのこと。「どこで生産されたものか、というような素材の素性がわかるものを使うこと、副原料にもこだわった貴重なものを使うことでつくる美味しい食事はきっと社員の満足度も上げてくれる」のだと。
また「住み続けたい街をつくりたい」との思いから「2025年に丹後を美食の街に」というコンセプトを掲げて2017年にはイタリアンレストランも開業しました。今年は新しいカフェの開業にも携わっているのだそうです。「努力して結果につながることが楽しいのだ」と自らが自己成長に務めることが、スタッフの意識とスキルの向上につながるのだと当主。
生産量は横ばいか少し減っているのだとか。社員の働き方を見直したり、ユーザー層の比率の変化によるもので、「やみくもに間口を広げるかのような規模の成長ではなく、その深さを増していくようなお酢造りを進めて行きたい」と言います。

「深化を続ける」お酢屋さん。それが飯尾醸造なのです。


株式会社 飯尾醸造


〒626-0052 京都府宮津市小田宿野373
tel 0772-25-0015 
url https://www.iio-jozo.co.jp/


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