見出し画像

大洗を目指して歩く話(前篇)



大学1年の春休みのことである。1浪していた友達のKから大学合格の知らせが届いた。これは大変めでたいことだ。是非彼がやりたがっていたことをすべきだと思った。Kは言った。

「大洗に行きたい」

Kは高校の頃から生粋のアニメオタクであった。特に「ガールズ&パンツァー」通称ガルパンを観ることを好んだ。そして、大洗はガルパンの舞台であった。私は彼の聖地巡礼の夢を叶えるべく、2人で大洗旅行をすることに決めた。



まずは計画を



大洗は茨城の太平洋側にある小さな町である。東京から行くには水戸を通って北から攻めるのが無難とされる。
これは利根川や霞ヶ浦などの地理的要因によるものだが、私とKはあえて海岸沿いに大洗に向かうことにした。そちらの方が面白そうだったからだ。

スクリーンショット 2021-10-23 14.19.43



さらに、彼は夜の移動を望んだ。移動中に海岸からの日の出が見たいのだと言った。
このときの彼の気持ちも分からなくはない。私と彼は日本海側の生まれであったため、これまで一度も海からの日の出というものを目にしたことがなかった。

しかし、日の出を見るには5時半から6時頃に海岸にいる必要がある。その時間は電車も走っていないので車を持たない私達は歩いて移動しなければならない。
あまり現実的なプランだとは思えなかったが、まあ、なるようになるだろうと思い、旅行の日程だけ決めて話し合いを終えた。


1日目



当日の昼頃、私は千葉にいた。どうせ移動を始める深夜帯までは暇なのだから、幕張あたりで時間を潰そうと思っていた。


JRの西船橋駅でKを待っていると、彼は1人の男を連れて現れた。その男は私とKの共通の知人だった。
どうしたのかと聞くと、暇なら来いとKに誘われたのだと言う。この旅の目的地がどこかも、夜の海岸を歩く羽目になることも、男は知らされていない様子だった。私は目の前の男を内心哀れに思った。


それでも幕張での1日は存外楽しいものであった。サイクリングロードが整備されていたため、電動自転車をレンタルして海沿いを走り回った。


久々の運動で体は疲れたが、青空の下で思い切り自転車を漕ぐのは爽快だった。Kは満足した様子だったし、急遽参加した男の方もそのときは「来てよかった」と言ってくれた。

画像2



日が沈んだ後、3人で茨城の温泉に向かった。ここがまたなかなかの名泉だった。食事も美味しく私達のテンションは最高潮に達した。
今日一日を振り返って、我ながら良い旅行をしているなと思った。それだけに、この後待っている深夜の歩行が憂鬱だった。当然ながらホテルの予約はしてなかったし、そんな金もなかった。


温泉を早く出ても日の出の時間が早まるわけでもない。閉館時間ギリギリまでここで体力を温存することに決めて私は眠った。


2日目


目が覚めたときには温泉閉館のチャイムが流れていた。私は3時間ほど眠っていたらしい。深夜1時頃のことだった。

眠い目を擦りながら会計へ向かう。なんとなくKの方を見ると、片腕を振りかざして「行くぞー!」と叫んでいた。こいつなんでこんなに元気なんだ。


自動ドアを通って温泉を出た。外は寒く空は真っ暗だった。他の人間は誰も見当たらなかった。我々は本当の意味で3人きりになった。ここから先の予定は何も決まっていない。
しばらく立ち往生していると前方にタクシーの光が見えた。Kはタクシーを止めて運転手に言った。

「鹿島神宮までお願いします。」

聞いたことのない神社だった。だが、どうやら彼なりの考えがあるらしい。私はそれに従うことにして座席に座った。


20分ほどでタクシーは止まった。深夜料金だったためか少し高かった。車を降りると地面は石畳だった。どうやらここは既に神社の参道らしい。人の気配はないのにかかわらず、街灯からの光がやたらと明るくて眩しかった。

画像3



Kによると、ここは夜中にライトアップすることで有名な神社らしい。どこか幻想的な雰囲気が漂っていて、少し冒険心がくすぐられた。


早速3人で神社の中へと向かった。夜闇の中でそびえる大きな赤門はなかなかの迫力だった。門から奥の方は特に照明も置かれていないようで何も見えなかった。

画像4


とりあえず本殿にお参りし、おみくじを引いた。何を引いたかは覚えていない。特に面白い内容でもなかったはずだ。


その後、受付のおじさんから神社全体の地図を貰った。どうやら結構広い神社らしく奥の方にも見所があるらしい。
Kは一番奥まで見に行こうと言ったが、私ともう1人の男はあまり乗り気でなかった。興味がないわけではなかったが、真っ暗の境内を歩くのは普通に怖かったのだ。


画像6




しかし、Kはどういうわけか小さめの懐中電灯を持ってきていた。そこまでされては仕方ない。3人は門をくぐり、奥へと足をすすめた。


靴音が重なり合うように響く。
振り返っても、そこには誰もいない。

垣根の隙間から、目が私達を覗いている。
あれは誰の目だろう。人間の目ではない。

だが、あまり気にしていられない。先に急ごう。


しばらく歩いていると、
奥の方から男の声が聞こえてきた。
何と言ってるかは上手く聞き取れない。
誰だろう。こんな時間に何をしているのだろう。


次第に声が大きくなってくる。
すぐそこにいる。


近づくと、小さな鳥居の前に錫杖を持った僧侶がいた。
暗くて顔はよく見えない。必死に読経をしている。



人間で良かった。日頃幽霊の類を信じない私も、このときばかりは、ほっと安堵した。私は心の中で僧侶に礼を言って先に進んだ。


気づけば私達は森の中にいた。Kが久しぶりに口を開いた。

「この先をまっすぐ歩けば海に着く。そこからは海岸沿いに歩けばいい」

なるほど、この森を抜ければ海が見れるらしい。
夜の森は夜の神社と同じくらい不気味だった。

しばらく同じような道が続く。暗く深い森。
無言でひたすら歩き続けていると、途中で道が左右に分かれていた。


私はクラピカ理論に従って左に行こうと言った。だが、他の2人は右に行こうと言う。まあどっちでも構わない。私達は右の道に進んだ。こういうときに3人は良い。多数決で決めてもあまり揉めない。

スクリーンショット 2021-10-30 2.37.12



私達は森を抜けた。海まであと3kmほどらしい。
正直なところ身体は疲れていた。それでも、私はこの深夜歩行を結構楽しんでいた。ガルパンオタク多しと言えども、こんなルートで大洗に行こうとする人間は私達くらいのものだろう。「普通じゃない体験をしている」という実感が私の心の中にある逆張り精神を強く刺激していた。



どこからか波の音が聞こえてきた。海が近いらしい。
時計は深夜3時を指している。すると後ろを歩くKがスマホの画面を見ながら呟いた。

「さっき君が選んだ方の道がGoogleマップにない」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?