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[短編小説]リマインドすき家 (1/2)

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 二十二時電車を降りると、みなエキストラの役を与えられたかのように特筆すべきことがない動きで各々家を目指している(特筆すべきことがないことを特筆すべきとも言える)この時間になると、アパートの最寄り駅では営業している店が牛丼チェーンしかなくなる。長らく自炊なんてしていない我が家の冷蔵庫は空っぽで、もし冷蔵庫に意思があったとしたらこの世に生を受けた存在意義を疑っているだろう。そんな独り身の住処に帰ったところで夕飯にありつける算段がないため、私は駅前のすき家には足繁く通っている。

 改札を出て駅舎を出るとすき家は今日もトンネルの出口のような灯りを放っている。今日の仕事は負荷が高かった。といっても、負荷の高さを偏差値で表現すると[55]程度のものだったが、今日という日の辻褄を合わせるためには、すき家で「いつもより少し良いものを食べる」という儀式が必要だった。が、同じ電車を降りたであろう男が私の後ろに立ち私の儀式完了を待ち始めた。別に好きなだけ悩んだって良いし、なんだったら「お先にどうぞ」と一声かければ良いだけの話だ。しかしそれがなんとなくできなかった私はいそいそとこの儀式を中断し焦る手を押さえながらいつもと同じ牛丼(並)と豚汁の食券を購入した。
 ”食券購入式典”をバタバタと閉式しカウンター席に座る。注文した牛丼(並)は、偏差値にして[5]分の心のすり減りを満たしてくれるのか?「君にボクの心の隙間を埋められるのかい?」と心の中で問いかけながら、程なくして運ばれて来た牛丼を口に運んでいった。
 やはりこの[5]は別の方法で埋めるしかないようだった。

 店員さんに軽く「ごちそうさまでした」を伝え席を立とうと思ったがなかなか店員さんと目が合わない。厨房から出てきた牛丼のトレーにサラダを乗せ、客のいるテーブルに配膳したかと思うと、次に来店した客に水を出す。その洗練された流れの中に「ごちそうさま」を言う好きを見い出せない。入るタイミングが見つからず、リズムをとり続けた小学校時代の長縄跳びを思い出す。
 わざわざ店内に響くほどの声量で「ごちそうさま」をいう度胸もなければ、それを美しいとも思わないのでそうはしない。かといって「ごちそうさま」を言わずに店を出ては帰路でずっとそのことが心残りとなり、眠れなくなりそうだ。大きな声を出す勇気もなければ、「ごちそうさま」を言わない自分を許すこともできない。何も成し遂げられないが、そんな自分を受け入れる事ができない。自分の人生がここに現れているようだった。

 教育に関してとりわけ厳しい家というわけではなかったが、それでも両親はごちそうさまを伝えることを大切にしていた。子供の頃は食事中の姿勢や、箸の持ち方を注意される度に煩わしく感じたものだが、今となっては感謝している。
 社会に出て初めの1年は自分はこの業界の風雲児になると息巻いてもいたが、大学時代に研究したことも就活時代に見繕った自分の長所も、与えられた業務の前では機能せず、毎日満員電車に乗って出社しては成績レースの中団後方を守り抜いていた。
 そんな毎日に数年で自分は仕事で大成できるほど優秀な人間ではないことを知り、今では毎日そこにあるタスクに及第点ギリギリの成果をあげることでこの社会での自分の席を確保している。何者かになるということは席に座るということなのだ。
 そんな情けない毎日のなかで、せめて自分で自分を好きであれるように、せめて自分で自分を許せるように、私は箸を正しく持つし店員さんにはありがとうとごちそうさまを伝えるようにしてきた。

  ○

 社会に出ると本当に住んでいる世界が違う「品の良さ」に出会うことがある。シラノが私にとってのそれだった。
 シラノは私一年後輩として新卒入社した女性だ。彼女の同期として入社したのは20人ほどだったが、彼女は背が高く、パンプスを履くと私の背丈を少し超える。初めの自己紹介でも明かした情報は最小限で他を寄せ付けない雰囲気を醸していた。私も例に漏れず、話しかけにくい印象を感じていた(元々女性に自分から話しかけるような性分でもないが…)私と同じように彼女に話しかけにくさを感じていた者は少なくなかったようだ。しかし彼女が同期の中で中心人物になるのにそうは時間が掛からなかった。
 彼女の話す言葉の中には人懐っこさと毒っけが同居していた。しかしながら彼女の言葉を決して下品に感じることはなかった。それを可能としたのが彼女の持つ品の良さなのだろう。

 私の場合、人に好かれたいと思ったときに自分でも感じるほどに立ち込めてしまう”媚び”の雰囲気が出てしまう。何か共通の苦手なものや嫌いなものの話で盛り上がるとき、自分を俯瞰するもう一人の自分が現れ、そこから見た自分が下品すぎて嫌になる。
 しかし彼女は何をしていてもその下品な感じがしなかった。「何をしたから」や「何を言ったから」といった言語化できるようなものではなく、立ち姿や振る舞いに現れる漠然とした品のような概念がフィルターとなり一挙手一投足を美しく見せた。きっと彼女がワイルド・スピードの悪役の吹き替えを演じたとしても上品に演じきるだろう。Fuck!もShit!も澄んだ響きとなるはずだ。
 彼女をみていると自分の大切にしてきた小手先の礼儀作法が稚拙なものに感じられた。私が店員さんに「ごちそうさま」を伝えることで得られる好感を100だとしたら、彼女は息をしているだけで100を達成するだろう。そもそも好感を得るために行儀よくしてきたわけではなかったが、それでもその先には人に好かれたいという気持ちがあったことは確かで、それに気づいてしまい私はますます自分が情けなくなった。



 私の勤める会社のあるビルには各階に喫煙所がある。社員は任意の時間に喫煙休憩を取るが、この会社もそこそこ大所帯であるため、オフィスがある7階の喫煙所はいつも同僚の誰かがいるような状態だった。喫煙休憩の時間まで会社のコミュニティに関わりたくない私はいつもわざわざ一階まで降り、そのビルに勤める人以外の人も利用するような広い共有スペースの喫煙所で煙草を吸っていた。
 ここまで来ればまず会社の人に会う事も無いし、もし居たとしても十分なスペースがあるため気づかないフリが通用する。そのため多少手間でもわざわざ1階と7階の往復を毎日していたのであった。

 年末のやや忙しい時期、オフィスは怒号が飛び交い…といった昭和のような空気感ではなかったが、タスクが自分の頭上を飛び交っていることがチャットツールから窺い知れた。例に漏れず私にもタスクが積み重なっておりチマチマと、且つモタモタとタスクの山を崩していた。
 全くひと段落ついていないがMPが尽きゆくのを感じた為、こそこそと席を立ち煙草を吸うために1階まで下った。喫煙室の半分スモークになった窓から中の様子を覗き、それとなく同僚がいないことを確認し、部屋に誰もいないことを確認した。しかし扉を開けると扉の死角になっていたらところに見知った顔があった。シラノだった。
 驚いた私は目を合わせてしまい軽い会釈をすると向こうも気まずそうに会釈を返した。本当は今すぐ踵を返してシラノが喫煙室を出るのを待ちたい気持ちだったが目が合ってしまったためそうはできなかった。シラノとはOJT などを通して話す機会は少なくはなかったが業務以外の話は一切したことがなかった。しかし初めの会釈でお互いの間に”この場は無言でも何も問題がない”という合意が取れた感覚があった私は(私だけだったかもしれないが)何も気にしていない素振りでスマートフォンを眺めながら電子タバコの加熱を始めた。すると紙煙草を吸い終えたシラノが私に話しかけて来た。
「先輩って病院の近くとかに住んでますか?」
 あまりに急な質問だった為、意図が全く読めなかった。ハイコンテクストな悪口なのだろうか。「病院?いやそんなことはないけど…」と返したところ「あ、そうですか…」とシラノは残念そうにしていた。
「なんでそんなことを聞くんですか?」
「いや、なんかちょっと先輩から”悪い気”みたいなものを感じて…」
 やっぱりハイコンテクストな悪口だった。
「その”悪い気”は僕の生まれ持ってのものみたいですね」
「ああ…すみません気を悪くしないでください。ただ何か理由のわからない体調の悪さを感じたりしたらそういった線を気にしてみてください」
「ありがとう。そうだと分かったところで対処法もわからないけど」
「塩、効きますよ。今なら五千円で見繕います」
「冗談だよね?」
 シラノは喫煙所の扉に手をかけ演技っぽく、ドラマと言うより舞台の演技っぽく間を作り
「半分は冗談です」
 と告げ、喫煙室を出ていった。この会話劇にオチをつけたことに満足そうに。
 そんなに自分は悪い気を纏っているのだろうかと自分のこれまでの所作を省みて反省したが、シラノの話に対して深い意味などないだろう。きっとこの気まずい邂逅に1分の会話を加え、いい感じにまとめてくれたのだ。そう思うことにした。
 これこそまさしく私に足りないスキルであり、後輩に助けられてしまった。情けなさに深くため息をついたが、私はその1分の会話に心が温まるのを感じた。
 吸い終わった電子タバコの殻を灰皿に投げながら、シラノの言った事が気になり自分の住んでいるアパートの住所をネットで検索した所、アパート裏手にある緑地に江戸時代には断首台があったらしく、一部の心霊マニアには有名な心霊スポットだった。これが冗談じゃない半分だったのだろうか。



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