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ようこそ狂気のお菓子細工教室へ【アトリエチョコッシー】


パティシエを目指し、専門学校に通う者がぶつかる壁がある。

マジパンである。


いや、やっぱりナッペかもしれない。
あ、違う、パイピングです。パイピングの壁は高く険しいです。壁と書いてパイピングと読むまであります。





マジパンである。

マジパンとは卵白とアーモンドプードルでできた食べられる粘土みたいなものだと思ってもらって問題ない。
これをコネコネして可愛い人や動物、小物などを作っていくわけだが、これがなんとも難しい。

特にわたくしフジノシンはこのマジパン細工が大の苦手だった。学生の頃に課題で作った作品は見るに堪えないクオリティーだ。

しかしパティシエたるものマジパンからは逃れられない。
就職してからもケーキの飾りで作ったり、お客さんの要望で作ることがある。
苦手と言って逃げることはできないのだ。


かくいう私もパティシエ時代は昼休みの時間を使って練習したり、ジャンプを読んだりしてマジパン技術の向上に努めていた。

なんとかお客さんに出しても大丈夫なくらいのクオリティーのものは作れるようになったが、あくまで最低ラインを突破したに過ぎない。
私のマジパンに対する苦手意識は強く残ったままだ。

パティシエを辞めた今、マジパンをコネコネする機会はないが、いつまでもマジパンに苦手意識を持ち続けるのは美学に反する。

思い立ったが吉日。今こそ苦手を克服する時だ。

タイミング良くマジパン教室でも開催されていれば良いんだが、そんな都合のいいことはないよな〜

あー、ジャパンケーキショーのマジパン部門で受賞歴のあるパティシエが教室を開いてくれないかな〜〜〜



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え、えぇ〜〜〜!!!こんなタイミングよくジャパンケーキショーで受賞歴のあるパティシエのマジパン教室が開かれるなんてすごい偶然だな〜!!!おったまビックリだぜ!!!




茶番はさておき、こしさん(小清水圭太さん)の教室「アトリエチョコッシー」の取材記事です。

私が受講するのは画像の「初心者向けマジパン講習 オレオで熊挟んでしまえ会」

初心者向けマジパン講習以降の情報がカオス過ぎる。なぜ熊をオレオで挟むのか、そもそも挟む必要があるのか、その一切が謎。本当にマジパンを教えてくれるのかも怪しいところではある。

今回はこしさんにお願いして教室の準備段階から見学させてもらうことにした。


AM 11:00

アトリエチョコッシーに到着。

場所は千歳烏山と吉祥寺の間、最寄りのバス停下本宿から徒歩1分だ。

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講習は13:00からなので、まだ教室に灯りはついていない。
中を覗くと、暗がりで真剣な顔をしながらパーソナルコンピューターと向き合う男がいた。こしさんその人だ。

私がガラス戸の前に立ってもこしさんはパーソナルコンピューターから視線を動かさない。凄い集中力だ。どの分野でも1流の人間というのは並外れた集中力を持っている。こしさんもその中のひとりということだろう。

集中しているところ申し訳ないが、入口の前に突っ立っているのも寂しいので、ドアをノックする。
途端こしさんはビクッと驚いたあとにパーソナルコンピューターを音速を超える速さで閉じ、光速で入口のドアを開けてくれた。
このスピード、焦り方、まるで部屋で卑猥なサイトを見てるときにお母さんが入ってきた思春期男子のそれだ。

どの分野でも1流の人間というのは並外れた思春期男子だという。こしさんもその中のひとりということだろう。
おそらく見ていたのはDMMだ。彼は有料会員の顔つきをしている。

「DMMってるところにお邪魔して申し訳ございません。フジノシンです。よろしくお願いします」

「べ、別にDMMってはないですが、よろしくお願いします。小清水です」

挨拶を済ませると、こしさんは近くのスーパーへと買い出しに向かった。
マジパンはすでに準備してあるが、一体何を購入するつもりなのだろうか。


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オレオだった。

「こしさん、素朴な疑問なのですが、オレオではなくノアールではダメなのでしょうか?そもそもなぜオレオにマジパンを乗せるのでしょうか?」

「そうですね、分かりやすく牛丼で説明すると、高菜明太牛丼を選ぶかカルビ丼を選ぶかの違いです。私は今回高菜明太牛丼にしました。カルビ丼もすきです」

微塵も意味はわからないが、ここは神妙な顔で「なるほど…」と頷いておくことにした。IQが20違うと会話が成り立たないことがあると何かで聞いたことがある。今回のケースはおそらくこれだろう。

トップパティシエの芸術的センスが私のような凡夫に理解できるはずがなかった。こしさんは高菜明太牛丼とカルビ丼が好きという情報をかろうじて読み取るのが精一杯だ。

ちなみに私は3種のチーズ牛丼が好き。


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PM 1:00 講習開始

今回の講習の参加者は私を含めて5人。

自己紹介の後、まずはこしさんから「マジパンとはなんぞや」という説明が始まった。

資料が配られ、それに沿って軽い座学といった感じだ。

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盛大なWikipediaの参照から始まる資料には、マジパンの作り方やテクニックなどが書いてある。これだけでもとても勉強になるものでした。

続いてこしさんによるデモンストレーション。
今回作成する熊のポイントを解説してもらった。

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熊を作りながらこしさんはマジパンについてこう語った。

「マジパンは作る人に似ます。私のマジパンが可愛いのは、まぁ、そういうことです」

その発言に隣にいた受講者の方が一歩後ろに下がったのを私は見逃さなかった。
これが”ドン引き”というやつなのか。それともこしさんのあまりに含蓄のある発言に気圧されてしまったのか。

引いたのか、圧されたのか、真相は当人のみ知るところだが、そんなことを気にしている余裕はその時の私にはなかった。

こしさんの発言に対するリアクションの最適解を導き出すのに全神経を集中させていたからだ。

暗に自分は可愛いんだというこしさんの発言に対して、ここはツッコむべきなのか?いや、ツッコむという行為は遠回しにこしさんの可愛さを否定することになる。しかし「確かにこしさんは可愛いもんな〜」と同意するのも人として何かを失ってしまいそうな気がする。

リアクションの最適解を探していたのは私だけではない。受講者全員がこの場を乗り切る方法を模索していた。

この時に受講者の心は初めてひとつになる。この地獄のような空気を乗り切らなければならないという共通認識が一瞬で絆を深めた。
こしさんの発言からここまで0.2秒。


私たちの出した結論は至ってシンプルなものだった。

渾身の、ここぞとばかりの、全力の、命をかけた、愛想笑い。
肯定も否定もしない社会人の必須スキル。
各々が脳をフル回転し愛想笑いに努めた。

「ははははは笑」
「ウケる笑笑」
「なるほどですね笑」
「こいつぁすげぇや」
「Boys Be Ambitious…!!!!」

この一局を乗り越えたことにより5人は戦友となった。
今思えばこしさんはここまで見越してあの発言をしたのかもしれない。

ただマジパン教室を一緒に受けたというだけでなく、これから同じ業界で支え合っていく仲間になってほしい。そういう思いがこしさんから伝わってきた。たぶん。おそらく。そうだといいな〜。


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あっという間にアーモンドパウダーと卵白をまとめた物体から可愛い熊ができあがってしまった。

こしさんが可愛いかどうかはいずれ時代が答えを出してくれるだろうが、彼の作品が可愛いのは紛れもない事実だ。

デモンストレーションが終わると、いよいよ自分たちで熊を作り始める。

こしさんは「おいしくなーれってちゃんと言いましたか?」という謎の呪文を唱えながら、細かなアドバイスを施しつつ、受講者一人ひとりの質問に丁寧に答えていく。

なんでもこの「オイシクナーレッテチャントイイマシタカ?」という呪文を以前の職場で唱え続けた結果、こしさんは同僚から冷たい視線で見られるようになったらしい。恐らく氷系統の呪文なのだろう。

作り始めて思ったのは「あれ?意外と上手く作れてるんじゃね?」ということだった。
以前ほどマジパンに苦手意識を感じない。ポイントを分かりやすく教えてもらったおかげで、私はでもいい感じに作れてしまった。

これがこしさんの指導の賜物か。

それでは私の作った熊を見ていただきましょう。

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うん!私としては上手くできたと思う!
少なくとも学生時代の作品に比べたら圧倒的に成長している。

こしさんの作品と並べてみるとこうだ。

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やはり並べるとクオリティの違いがハッキリしてしまう。
特に細部のクオリティが全然違う。

ツヤやパーツの接着など、こしさんの作品の綺麗さがよく分かりました。

ここで私はひとつの事実に気付いた。
マジパンをオレオに乗せることに違和感を覚えなくなっているのだ。

むしろオレオに乗っていないほうが違和感を感じてしまうまである。
講習自体は3時間ほどだったが、このわずか3時間でマジパンに対する固定観念を変えられてしまったのだ。

いや、これは人生観を変えられてしまったと言っても過言ではない。
インドに行くと人生観が変わるという話はよく聞くが、まさかマジパン教室でも人生観が変わるとは想像だにしなかった。

アトリエチョコッシー、なんて恐ろしい場所なんだ。ナマステナマステ。


マジパン教室終了後、こしさんにいくつか質問をぶつけてみた。


___こしさんにとって”マジパン”とはなんでしょうか?


笑顔を作り出すお菓子です。
あ、今カッコイイいこと言いましたね私。絶対使ってください。


___こしさんはなぜそんなにも可愛いのでしょうか?


その答えを見つけるためにアトリエチョコッシーを立ち上げました。答えはまだ見つかりそうにありません。


___こしさんのように可愛くなる方法はあるのでしょうか?


毎朝小鳥さんに挨拶をして、「おいしくなーれ」と唱えながらお菓子を作ってください。


___最後の質問です。アトリエチョコッシーに込められた想いとは?


チョコッシーはエストニア語で「雨上がりの空」という意味です。
雨に濡れた草木に陽光が反射してキラキラした空気感が好きで、そういった刹那的な風景や感動をお菓子で表現できたらと思って名付けました。

全然思い付かなくて「チョコ」とあだ名の「コッシー」を合体させたわけではありません。


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こしさんありがとうございました。

一見ふざけた回答に思えるが、そこにはありきたりな言葉で自分を語らない、小清水圭太という表現者の核があるように感じました。

どうせチョコとコッシーでチョコッシーだろうと侮っていた自分が恥ずかしいです。こんなにも素晴らしい意味があったなんて。

雨上がりの空にかかる虹のように、マジパンやチョコ細工、飴細工の価値を伝える架け橋的な存在になっていくであろうこしさんをこれからも応援しています。


マジパンや細工物に興味のある方、熊が好きな方、こしさんのファン、可愛くなりたい方、ナビスコの社員並びに関係者の方は是非アトリエ・チョコッシーに遊びに行ってみてください!






ちなみにググったら「雨上がりの空」はエストニア語で「Taevas pärast vihma」でした。
Taevas pärast vihmaでチョコッシーって読むなんてエストニア語は難しいな〜。








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