見出し画像

幼馴染 -1-

幼馴染が私の街へ遊びに来た。小中共に同じ学校で過ごしたけれど、同じクラスになったのは小学5年生の一度きりで、高校からは別々の学校になったにも関わらず30歳になった今でも繋がりがある。むしろ学生時代にベタベタしない距離感がよかったのかもしれない。私がシンガーソングライターとして日本中を飛び回っている間に幼馴染は結婚して、子供ができて、神奈川へ引っ越した。その後私が東京へ引っ越したため、会うのは地元の名古屋ではなく関東だった。お互いに地元から遠く離れた場所に住み、母になった幼馴染を見ているといつも不思議な気持ちになる。校門で日が暮れるまで喋り倒したり、マクドナルドで100円マックを頼んで喋り倒したりしていたのが、オシャレなお店でランチを食べながら喋り倒しているだけでやっていることは大人になっても全く変わらないのだけど、変わっていく自分たちも確かにいて、年を重ねているのを実感する。

特急踊り子号に乗ってやって来る幼馴染を駅まで迎えにいく。改札の向こう側から手を振る幼馴染と、手を繋いでいる小さな子供。前回子供に会った時はまだおぼつかない歩き方だったけれど、今はしっかり自分の足で歩いているようだった。一週間前から愛ちゃんの家に行くと言ってくれていたようで、自分のことをもう認識してくれていた。ベビーカーに乗ってまだ言葉を話せない頃から見ているから、二足歩行ができていることに一人で勝手に感動する。子供の成長は早い。

まずは海岸へ向かった。子供は海を遠くから見たことはあっても、海岸へ降りるのは初めてらしい。この世界に生まれて4年。どこへ行っても何を見ても初めてだらけだろう。それは大人になっても変わらないのだけど、ついこの世界の広さを、自分の世界の広さを決めてしまうところがある。人生のうちで見れる世界の広さは決まっているから、ある程度は選択しなければならないけれど、常に広げていくことを恐れないでいたいとは思う。「自分が子供を産んで、友達が伊東に引っ越すなんて想像してなかった」と幼馴染が言う。私も1mmも想像していなかった。関東で会っている時点で想像していなかったのに、自分が海の街へ引っ越すのも予想外だし、その街の海岸で幼馴染とその子供と一緒に遊ぶのも予想外すぎて非現実感さえある。とても一言では言い表せない気持ちだ。4歳児にとって初めての世界で夢中になったのは海ではなく、砂浜に落ちている貝殻や枝や石ころだった。それを一緒に集めたり、重ねたりする。普段は海を見るばかりで、砂を触っていないことに気がついた。サラサラして、温かくて、気持ちよかった。大きなものより、足元の小さなものの方へ目が行く子供から教えてもらうことは多い。海岸沿いでよく会うおじいちゃんにばったり会い、子供と一緒に手を振り、またねと私は言った。

おやつの時間は、自家製のソフトクリームを作っている「スイートハウスわかば」へ。自家製なのに高くなく、濃厚だけどくどくない。ス◯ャータにはもう戻れなくなる。甘いもの好きの幼馴染も大絶賛で、教えてくださったつるうちはなさんに感謝。その後は私が2つ目に行きつけの¥400の温泉へ入り、子供はおばちゃんたちのアイドルになっていた。視聴率100%に緊張している様子。観光客はほとんどホテルにある温泉に入るから、大衆浴場に見知らぬ顔の子供がいるのはきっと珍しいのだろう。夕飯も私が行きつけの定食屋さん「飯や笑」へ。ここの揚げ物がさくふわで美味しい。知っているお店に友達を案内するのは新しい体験だった。自分がいいなと思っていることをオススメできるのがなんだか嬉しいし、それをいいねと言ってもらえるとさらに嬉しくなる。シンガーソングライターとして自分のことばかりを営業してきたから、この嬉しさはこの街へ来てから初めて知った感覚だった。友達が来た時のために、日頃からオススメの場所を無意識に探している自分もいる。そのうちツアーガイドができるようになるかもしれない(笑)今回は子供のことを考えて、徒歩圏内の狭いエリア内を案内した。新しい喜びを感じられた一日目だった。

この記事が参加している募集

#海であそぶ

1,025件

#この街がすき

43,736件

頂いたサポートは活動のために大切に使わせていただきます。そしてまた新しい何かをお届けします!