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「社員教育は必要なのか?」について~町工場の夫は准教授

町工場の娘と私。同じ経営者団体に所属しています。この経営者団体での例会に、珍しく同じ例会に参加します。

同じ団体に所属しているのですが、二人で話して一緒に参加しようということが、ありません。今回は、偶然、同じ例会に参加するということに。

そこで、これまた珍しく、参加する例会のテーマに関して予習してみようと思います。

テーマは「社員教育とは~経営者のジレンマ~」

まず、社員教育が必要なのか?というところから。

「社員教育が必要なのか?」ということ、「社員教育が大切である」ということを分けて考えないといけないよねと。

経営者のジレンマについては、結論から言ってしまえば、「必要がないから社員教育を実施していない」ではないかと。

例えば、健康のためには栄養のバランスが大切といいながら、栄養バランスを考えない食事をする。これと同じで、大切であるということは、心のどこかに思っていても、必要性をあまり感じないから社員教育を実施しないというもの。

そうすると、必要性について深堀をしてみたい。

社員教育の必要性

社員教育を実施する企業さんを振り返ってみると、いくつかのパターンがあります。

一つは、「リスクマネジメント」。一度、痛い経験をしてしまったがゆえに、その繰り返しを防止していくために、実施するというパターン。

次に、「新規プロジェクト実施」や「新事業部設立」。新しいチームを作り、新規事業などを行っていく上で、実施していくというパターン。

そして、新たに管理職や入社した社員向けに実施するというパターン。

リスクマネジメントであれば、その必要性は企業不祥事を防止するために必要であるということになります。したがって、企業不祥事が起きて初めてその社員教育の必要性を認識するというもの。

これは、病気になって栄養バランスがしっかりとしている食事が必要と認識するのと同じですね。

後の残り2つから、なぜ社員教育が必要なのか?ということです。

「新しい」が共通項?

「新規プロジェクト」「新規事業部設立」、「新入社員」「新任管理者」となると共通しているのは「新しい」ということ。

この新しいというキーワードでは、なぜ社員教育の必要性が出てくるのか?ということを考えてみたい。

このパターンで共通することは「知ること」が一つの社員教育の目的になっています。

新規事業についての方向性、心構え、リスクなど様々な観点からこれから実施していくことについて「知る」ということ。さらに、新チームでのそれぞれの役割を「知る」ということ。

そして、「知る」ことでチーム内に共通認識を持ってもらうということになるでしょう。

加えて、「知る」から「意識」への昇華ということも狙いになってきます。
(知るから意識への昇華は、リスクマネジメントが目的でも共通ですね)。

社員教育の必要性

社員教育が必要だということになるには、リスクマネジメント又は新規事業や新入社員など新たな展開がある場合になってきますね。

このように考えると、経営者のジレンマというものの正体は「リスクを認識していない」や「新たな展開」がないということではないかという仮説です(大げさな・・・・)。

これは、経営者のジレンマというよりも、現状維持で精一杯という状態なのかもしれません。

現状維持で精一杯という状況が打破できれば、そこに社員教育の必要性というものが生まれてくるのではないかということです。

社員教育が必要である他に大切であるということ

社員教育が必要であるということは、そもそも必要だと考えていないというのが正体ではないか。現状維持で精一杯であれば、社員教育が必要だと感じ実施にまで至らないとなるのではないかということ。

それに加えて、「社員教育が大切だ」ということも考えてみたい。

社員教育が大切だということは、どういったことなのか?

大切であるということは、「会社のため」ということになるでしょう。つまり、必要性の観点です。「会社のために必要だから大切」ということ。

ここで、あることに・・・。「会社のために必要だから大切」ということは、「会社のために必要と認識しなければ、大切ではない」となりますね。

そうすると、社員教育が大切であるということの帰結は、必要があればということになる。

ここで、私の見解では、「その人のために必要だから、社員教育は大切」ということ。「その人の成長は、その人のためにある」というものです。

教育が大切であるということ

そもそも、教育を「売上アップ」とか「会社の利益のため」ということに主眼を置くと、売り上げも上がっている、利益も出ているとなれば、別に教育をする必要はありませんね。

教育を受けるということが、受ける側の視点に立つと、売り上げのため、会社の利益のためということであれば、その先にあるものが見えないとモチベーションは上がりませんし、学ぶ意欲も当然ありません。

どうせ給料は上がらないでしょとか、休みが増えるとかないでしょとか、義理・人情・愛情ばかり語って、犠牲を求めているだけじゃんとかになっていたら、まぁ社員教育をするだけ無駄ですねと。

教育というものが何なのかということを、今一度、考えてみると、大切であるということの答えが出てくるかと思います。

教育というものがなぜあるのか?

私たちは、幼いころからずっと教育を受けてきています。小学校、中学校、高校、専門学校、大学など様々な教育機関も存在して教育を受けてきました。

それぞれの人生で、各種学校を卒業した後は、教育を受けなくても良いのか?という問いに対して、ほとんどの方は「違う」となるのではないでしょうか。

その一つの方針として「生涯学習」という言葉。各自治体も生涯学習社会の実現に向けて様々な取り組みを行っています。

生涯学習について、すごくざっくりいうと、「人生において、様々な課題に直面していき、様々な社会的な課題がある。それを乗り越えて充実した人生を送るために、学び続ける環境が必要」ということです。

各種学校を卒業した後に、所属する機関は企業です。そして、企業に所属している期間は、その人の人生で多くの時間を過ごすものです。そうすると、「その人の人生のために」という視点が企業には求められるのではないでしょうか。

学校に通っていたころ、教育を受けていたころ振り返ってみると、様々な考えに触れ、経験を重ね、未来を描いたり、夢を抱いたり、問題に憤ったりってことがありましたよね。そして、さらに学びたいことを・・・という感じで。その他にも、共に学んだ人たちとのコミュニケーションからも得てきたものはあるでしょう。

そうすると、この機会を、企業が大切にする理由は何か?

自社のことだけを考えるのでなく、社員の人生、そして学ぶということが、様々な課題を乗り越えて、社会的な課題にも取り組んでいくということにつながっていく。「企業の社会的責任」の一つといえるのではないでしょうか。

企業が社会との繋がりで存在する以上、その責任は何かということは、経営者の方々は考え続けていると思います。そうすると、ジレンマというよりは、責任をどこまで果たすか?という経営者の教育に対する価値判断でしょう。

「企業は、あなたが成長するフィールドである」という位置づけが経営者になければ、そもそも企業が社員を教育するということも大切ではないということになるでしょう。

しかし、企業の社会的責任を果たすということであれば、企業が社員を教育するということも大切ということに。

おわりに

今度、参加させていただく例会にて、他の経営者の方々がどのような考えを持っているのか?そこで触れた考え方を加えて、さらに自分にフィードバックしていければなと思っています。


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