見出し画像

【読書感想文】 血湧き肉躍る、熱き剣闘士たちの戦い――「残月記」

どうも。藤宮です。

🐺

この世にはたくさんの素晴らしい小説があります。
今日はそのうちの一冊、「残月記」への愛を綴ります。

この記事では、ほんのりとネタバレを書きます。そういうの読みたくないんじゃ、という方は、これ以上スクロールせずに、画面を閉じてください。


言ったからな……?


言った……からな……!?


さて、まずは「残月記」のあらすじをAmazonのサイトから引用します。

近未来の日本、悪名高き独裁政治下。世を震撼させている感染症「月昂」に冒された男の宿命と、その傍らでひっそりと生きる女との一途な愛を描ききった表題作ほか、二作収録。「月」をモチーフに、著者の底知れぬ想像力が構築した異世界。足を踏み入れたら最後、イメージの渦に吞み込まれ、もう現実には戻れない――。最も新刊が待たれた作家、飛躍の一作!

Amazon

この小説には、三作が収録されており、それぞれは完全に独立しています。三作は「月」というモチーフ以外は、設定を共有していません。そのため、まずは気になった話を先に読む、という楽しみ方もありだと思います。

全体の傾向として、文章は重ためです。手触りのある文章、という感じがします。特に表題作「残月記」の文章は、まるで石板に刻み付けられたかのような、あるいは深い水の底から言葉をすくいあげたような……奥の方から掘り返したような文章表現、という印象を受けました。

それでは、一作ずつ感想を書かせていただきます。

そして月がふりかえる

大学で教授をしている男、高志が主人公。高志は順風満帆な生活を送っています。
家族でなじみのファミレスへ行き、いつもの団欒タイム。トイレのため離席、そこで高志は自分と背格好の似た男を目にする。不快感を感じるが、男が何者か思い出せない。席へ戻ると、その場にいる人全員が上を向いて固まっている。視線の先には月がある。高志も月を見る。月は高志の目の前で裏返る。皆は動き出すが、そこはもう、今までの世界ではない。月が裏返ったかのように、世界も裏返っていた。妻も子供も、高志のことを覚えていない。他人だと思っている。そこへやってきたのは、トイレで見かけた男。その男こそが、この世界では高志になっていた……。

序盤はずっと、男の日々の生活が綴られます。これは他の収録作にも共通していますが、とにかく驚くほどに描写がこまかい。現実味がすごい。この男は本当に日本のどこかにいるんだろう、と思わされました。いや、実際いるのかもしれない。きっとそうだ。
この時点では、ファンタジーなど微塵もなく、現実に存在する男が家族を愛し、家族に愛されているのです。

しかし月が反転する部分で、現実に幻想が侵食していく。透明な水の中に、赤い液体を一滴だけ垂らしたように、みるみる男の世界が瓦解していく。それまでの現実味が濃いぶん、恐怖もまた一入でした。いや、普通にトラウマになる。

男はその後どうなるのか、気になる方はぜひ読んでください。気にならない方も読んでください。

月景石

澄香という女が主人公。澄香は斎藤という男と一緒に暮らしている。ある日、亡くなった叔母の形見である、とある石のことを思い出す。その石には、樹が生えた月を思わせる模様がある。
石を枕の下に入れて寝ると、月に行けるが、そのかわりに悪夢を見る。かつての叔母の言葉を思い出し、澄香は石を枕の下に入れて眠る。
そこは月の世界だった。澄香は、スミカドゥミという名前の女になっていた。胸元に石を持って生まれる「イシダキ」であるスミカドゥミは、捕らえられて、中央共和国の首都へ送られている途中だった――。

三作の中で一番ファンタジー色が強い一作だと思います。
石を枕の下に入れたら、きっと澄香は別の世界に行くのだろう。それはわかりきっているのに、不思議と物足りなさを感じない。きっと、実際に描写された月世界があまりにも生々しく、肌触りがあって、そしてなにより、懐かしさがあったからでしょう。
あと「イシダキ」たちの名前がとても好きです。不思議な響きでした。

残月記

表題作。一番長いです。
最初の二作も好きですが、一番熱量を感じたのはやっぱりこの作品です。

少し未来の話。
「月昂」という病気があり、それにかかると、月の周期に応じて、身体能力が上昇したり、精神が著しく高揚したり、あるいは理性がなくなったりします。この病は治ることはなく、発症してから数年で命を失います。感染者は世間からは差別を受けています。
日本は独裁国家となっており、月昂者であることがバレると、施設に一生閉じ込められてしまいます。

主人公は宇野という男。そしてこの作品は、宇野の一生をえがいています。

宇野は月昂を発症し、施設に囚われます。そして、政府が秘密裏におこなっている、とある催しのことを知ります。健康な男の月昂者同士を、まるで古代ローマのように、戦わせているのです。勝者のみ、月昂者の女――勲婦を得ることができます。闘士も勲婦も、一定のノルマを達成できれば、別の施設でふたりきり一緒に余生を過ごすことができます。
宇野は闘士となり、戦います。瑠香という勲婦に愛情が芽ばえ、ふたりは将来、一緒になることを夢見ます。
しかし、宇野のもとへ、怪しげな男が現れ……。

おそらくこの作品を好きになるか否かは、日本の独裁政権に現実を見出すことができるか、にかかっていると思います。そこが気になってしまう人は、きっと先へは進めないだろうな、と思いました。

自分も読み始める前は、そのあたりが不安だったのですが、読んでいく間に、まったく気にならなくなりました。「あれ?日本も全然独裁国家になるかも……」とか思いながら進めていくうちに、どんどん宇野という男の中に入り込み、闘技場で戦い、瑠香を愛し、瑠香に愛され、気がつくとすべて読み終わり、茫然としたまま、ただただ涙を流すだけの機械になっていました。自分はよく知人から「感情がない」とか「冷酷」とか言われがちなのですが、そんなことはなかったです。「残月記」でこんなにも熱い涙を流したのだから。心がはちきれんばかりに揺れ動いたのだから。

長々と書きましたが、最高にこれだけを言わせてください。

「残月記」、最高……。

現場からは以上です。


この記事が参加している募集

書いてみたいもんだぜ……いい文章、ってやつを、サ。