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余談「昔書いた小説のシノプシス」

『上海哀儚』

今から21年前のこと、2001年6月29日に富士見書房から発刊された自分の二作目の小説です。

前作の担当編集(当時、富士見書房、現・TOブックス代表)から「次の作品は上海哀儚で」とタイトルだけ言われて書き始めたBLOODシリーズのひとつとなります。

反日感情が高まりつつあった1930年代の上海。そんな時代の熱と無縁に生きる男、影蘭。彼は吸血鬼でありながら、一人の少女に恋をする。しかし、それは決して結ばれない愛だった……。

https://www.kadokawa.co.jp/product/200105000071/

というあらすじなので、1989年頃の横浜と1930年代の上海のふたつの場面に時を超えて同じ姿でいる吸血鬼・影蘭を主人公として描いた物語で、のちの『BLOOD+』のハジはここからインスピレーションを得てるところがあったりします。

とはいえ、最近、自分の仕事を振り返ることで人に教えるためのノウハウを抽出できないかと思い、データを漁っているのですが消えてしまったものもあるので、一番古いのがこのデータで奇跡的の残ってました……。

本文は読んでいただくとして(Amazon中古で39円。KADOKAWAに在庫があるかもしれないけれど、たぶん絶版のはず……)、その当時のシノプシスが出てきました。


1989年長崎新地中華街。
数年前にできたばかりの玄武門もようやく風景になじんできた頃の夏。
アスファルトが溶けだし、靴底に粘りつくような暑さの中、
海を見る青年がいた。
「この街にも潮の香りがする」
全身を黒尽くめのスーツに身を固めた青年。
地上げの波は都会だけではあきたらず土地神話に踊らされ、地方へも広がりを見せ始めていた。
中華街周辺に住んでいる従業員たちのアパートも理不尽な強制立ち退きの目にあい、日々トラブルが絶えることはなかった。
男はそんなトラブルに対抗する住民側の刀であった。
何故闘うのか?
五年前、横浜、神戸と流れ長崎にその姿が見られるようになった。
上海訛りが混じりのある広東語を話す男だった。
多くを語らずに、ただいつの日にか用心棒のような仕事をその手に受けていた。
男はいつも変わらぬ姿でいた。
年をとることもなく、同じ姿を保ちつづけていた。
そして飽きることなく鍛錬を繰り返す。
もう大切なものを失わないために、その牙を研ぎつづけていた。
本当の戦いの日に備えて……。
「影蘭、ご飯だよ」
笑いかける制服の少女に影蘭の牙が鋭さを隠す。
自分の過去の中に住む、美しい少女と面影が重なる。

時は遡る……。

潮の香りが漂う魔都上海。
租界の進出がこの街を雑多なものにしていた。
1922年。
上海の外灘(バンド)にある日本国籍の紡績工場で働く一人の少女明花。
十歳から「童工」として働き始め、十五になった今もこの工場で朝から夜遅くまで辛い労働を強いられてきた。
文字もろくに読めない彼女は「夜学」と呼ばれる私塾に通う事になる。
そこで出会った一人の青年教師、影蘭。
上海にいるどの女優よりも美しい青年だった。
白く透き通る肌、赤い唇、そして漆黒の髪。
影蘭はいろんなことを知っていた。
そして明花に教えてくれた。

ある日、明花は影蘭のことを調べる欧米人の存在を聞きつける。
名前はデヴィッド。そう呼ばれる亜米利加人だった。
デヴィッドの横には自分と同じ年頃の少女が立っているのが印象的だった。
笑いかけたが一瞥され、背を向け去っていってしまった。
影蘭のように赤い、肉厚の唇が印象的だった。

夜学の中でデモ決起の声が高まりつつあった。
影蘭の古い友人である朱牙という男が現れ、全てが騒乱の歯車へと巻きこまれていく。
時を同じくして租界警察隊が夜襲を受ける事件も相次いでいた。

雪の降る夜だった。
一発の銃声が騒乱を呼び起こした。
地元の労働力を主とするデモ隊と警察隊の騒乱の中、影蘭を執拗に狙うディヴィッド。
そしてあの少女が抜き放った白刃が影蘭を襲う。
戦おうとしない影蘭。
「小夜、私は戦うつもりはない」
ただ静かに暮らしていたいだけなのに、その叫びすら凶刃は受け付けない。
ディヴィッドの握る重い拳銃が影蘭に向けられたとき、明花はその身を投げ出す。

影蘭はその身を闇の中へと沈めていった。

時は流れて……。

1989年再び長崎。
天安門の映像がテレビを毎日のように賑わせていた。
黒いスーツに身を包んだ男、影蘭と呼ばれていた頃もあった。
50年以上、人の温もりに触れることはなかった。
だがある少女との出会いが影蘭の心を揺り動かす。
冷たい心臓に血が通うのを感じた。
明花。
彼女の生まれ変わりとも言える少女アキとの出会いが影蘭を太陽の元に出る決心をさせていた。
夏の太陽の中、影蘭という影は目立っていた。
その影はまた一人の少女を長崎に呼び寄せる事となった。
小夜。
美しい日本刀のような少女。
刀は世に生まれたときから傷つけるための業を背負っている。
この少女もそうなのだろうか?

影蘭には守るべきものがあった。
平和な時間。
ただ自分が翼手の血を持っているが為に小夜は自分を狙いつづける。
長くは続かない幸せな時間。
アキは先に死んでしまうだろう。
人間にとっては長い時間かもしれない。
翼手にとっては一瞬の出来事だ。
その一瞬の平和な時間ですら小夜は許そうとはしない。
何の為に?
それは己に課した業ではないのか?
影蘭は鋭い光を放つ青龍刀を抜き放つ。
小夜の日本刀と影蘭の青龍刀が火花を放つ。

影蘭の体から流れ出る大量の血液。
冷たくなる肉体。
忍び寄る死。
大切なものを守りきれたのだろうか?
目の前に立つ老婆がいた。
老婆の口から捨てた過去が聞こえる。
「影蘭?」
そう呟いた老婆に、影蘭は明花を見る。

時の中に朽ちていけること。
だからこそ思い出の中に生きることを許されるの。

時の中に永遠の姿を映すこと。
それは思い出の中に生きることを許されない。
常にそこにあるからだ。
だからこそ、闘うことでしかその存在意義を見出せずにいる
哀しい少女はどこに行くというのか。

自分もきっとあの少女と同じなのだろう。
今度も死ぬことは出来ないのだろう。
そしてまた闘いの中に身を置くことになるのだろう。
いつも同じだ。
いつも同じ。
それが自分が生きている意味だから。

……拙い。
とはいえほんとに、ここから自分の物書き人生が始まったので仕方がない。
このシノプシスからいろいろと直して書き上げた本作を読んだ押井さん(解説を頼んだから)が「お前はもっと書かなきゃだめだ」と言って、石川社長(現・会長)に脚本やらせるよう勧めたことで自分の脚本家としてのスタートが決まった運命の分岐点。

下手くそだろうが、甘かろうが、臆せず最後まで書ききった度胸だけは関心してしまう、当時の自分すごい。

なおデータを観る限りですが、
シノプシス:2001年2月20日提出
ロケハン:2001年2月27日(横浜)
(……以下、ロケハン当時の写真)

2001年の大さん橋


今はもうない建物、マリンタワー下

このときはじめて「取材」というものをさせてもらい、担当編集とホテルニューグランドでお昼を食べたのですが「作家と食事するとき3,000円以上使わないと経費で落ちない」と言われたことが印象的でした。

その後、

プロット作成:2001年3月4日
本文完成:2001年4月22日(文字数:約11万8千字)

という形で進行し入稿まで約二ヶ月の仕事でした。

このあと、6月くらいにBLOODの続編的な物語のプロット(大正時代を舞台に小夜の起源はどこにあるのか?みたいな物語)を書いて、夏くらいに石川社長(当時)にロスに連れて行かれて海外のプロデューサーと話をしたりしたのですが、まあそれは消えてなくなったわけで、どこをどう流れたのかわかりませんが例の実写映画『LAST BLOOD』につながったのかもしれません。確証はありません。
信じるか信じないかはあなた次第。

けれどなにかを書けば、なにかの種にはなるようですし、これを書いたことで『BLOOD+』にもつながったわけですから、書き続けていれば次の作品につながることもあるかもしれません。
とにかく、書いて世に出すことが大事なのです。

――以上、本実の余談でした。
次回をお楽しみに。



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