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「ライターいない問題」、あるいは「メディアの解像度不足」について

この頃、「ライターいない問題」、またはそれに準ずる言葉を目にする機会が増えている気がします。(以降、「ライターいない問題」とまとめて表現します。)

前提としてビジネス領域に絞って考えると、この「ライターいない問題」について、(実際にいる・いないは別として、)メディアや編集側にも課題があるんじゃないかと感じている次第です。

というわけで、🍢おでん男子🍢ことふじじゅんが感じていることを、言語化していきます。

【1】「ライターいない問題」におけるメディア・編集側の課題

結論から書くと、個人的には以下の2つが大きいかなと思っています。もちろんこれが全てではないと思いますので、一側面として捉えていただけると嬉しいです。

1. メディア/コンテンツ解像度の課題
2. 選択肢と分母の課題

以下に具体的に見ていきます。

【1-1】メディア/コンテンツ解像度の課題

これは入口としてめちゃくちゃ大事だなと思うんですが、ターゲット属性や課題、メディアの目的やゴールなどがハッキリしていなければ、当然その要素をなすコンテンツを企画するにあたってもフワっとしてしまう。

5W1Hがハッキリしていない中で、「こんなライターさん探しています」と発信しても、「I want to」「I would like to」の意志は引き出しにくいのかなと。

逆に、その解像度がハッキリしているメディアは読者からも関係各位からも愛されているなと感じています。このあたりの考え方については、以下に整理しています。

【1-2】選択肢と分母の課題

例えば、100人のライター村があるとします。

僕は、この村人の誰かに「経営における労務について」の執筆をお願いしたい編集者。

そのうち経営について書けるライターはこのうち20人。さらにこの20人の中で労務について書ける人は5人。この中からスキルや実績、予算感、スケジュールなどを加味して依頼するとなると……残った候補は1人。

題材が複雑化するほど、分母は掛け合わさって増えていきます。5人に1人×20人に1人なら、結果100人に1人といった具合に。

やっと見つかったその1人でさえ、受けてもらえるかはわかりません。【1-1】でageたような課題もありますしね(もちろん、その1人だからこそ解像度さえ高ければ運命的な出会いになることもあるかと思いますが)。

で、これだけならよくある話というか構造上仕方ないんですが、何が課題かっていうと「100人に1人しか書けない状況で探していること」かなと。要は、選択肢として「執筆」しか見えていないと。それなら、「経営のプロ」と「労務のプロ」と「モデレート/インタビューのプロ」をアサインして、対談コンテンツにしたほうが確実性が高いんじゃないか、みたいな話です。それこそ記事ではなく動画のほうが適している場合もある。

というわけで、伝えたいメッセージが同じなら、テキストにしろインフォグラフィックにしろ動画にしろ、複数の表現方法から最適なものを選べると良いかなと思っています。

関係ないんですが、なんとなくこのカオナビさんのCMを思い出しました笑

【2】「ライターいない問題」におけるメディア・編集側の解決ヒント

では、これらの2つの課題はどう解決できるのか?

まず「【1-2】選択肢と分母の課題」については、そもそも選択肢という視野、表現の幅なので、競合だけでない多くのメディアに触れるのが良いかなと。1日2日でどうにかインプットできるものでもなく、慣れの問題なので、コツコツ色んなものに触れる。

例えば、INOUZ Timesさんはコラムやインタビュー、対談、アンケート、イベントレポート、連載などなど取り組みが多様でコンテンツに幅があります。

コンテンツの表現の幅が広がるほど、アサイン対象も広がり、メディアに必要な人材の適材適所が具体化されていくはず。

そして、ここで何より重要なのが【1-1】で触れた「メディア/コンテンツ解像度」。

メディア設計におけるターゲットやらなんやらについては、既に山程情報が出回っているので細かくは触れませんが、ここ数年でもっともわかりやすかった&読み進めやすかったのは、成田幸久さんの、こちらの書籍ですね。

このとき具体的にコンテンツを考えていくにあたっては、前職で使っていた「コンテンツマトリクス」というフレームワークがオススメです。

メディアコンセプトをもとに定めたテーマが「労務」、「カテゴリ」と「切り口」が以下のような項目だとすると、

カテゴリ:「人事労務」「生産性向上・働き方改革」「働き方改革法」
切り口:「基礎知識」「業務効率化」「最先端・オピニオンリーダー」「ニュース」

その掛け合わせで、下図のようにコンテンツ案がちらちら浮かんできます。

ここで浮かんだ記事案の具体化にあたっては、以下の記事が参考になるかと思います。

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、先ほどの画像にはライターが空白の記事がありました。

もしこれまでの流れに沿い、メディアの設計もコンテンツの設計も解像度高い状態であって、かつコンテンツ表現にも幅があれば、少なくとも「ライターさん全然みつからない!」みたいなことは、あまり起こりえないかなと思っています。自信もってアサインできるはず。

逆にそこまで突き詰めないうちから「ライターさんいない、いない」と嘆いても恐らくその状況は変わらないのではないかと思うわけです。


書き終えて思うのは、メディアってオーダーメイドのギフトボックスのようなものだなと。誰にどうデリバリーするのか決まっていなければ、届かずに終わるかもしれない。

しっかりとしたハコじゃなきゃ詰め込めないし、詰め方もしっかり設計されていなければワレモノとなって他のコンテンツを傷つけるかもしれない。

不安定なギフトボックスのためにオーダーメイド品を丹精込めてつくるのはやっぱり現実的じゃない。

メディアとコンテンツ、編集者、ライターの関係も似ているかも。

そんなこんなで「ライターいない問題」は、「メディアの解像度不足」も大きな要因のひとつなんじゃないかと思う、ふじじゅんでした。

いつもお読みいただきありがとうございます! 笑顔で生きる糧になります😍 今後とも🍢ふじじゅん🍢をよろしくお願いします!