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クラウス・シュワブ/ピーター・バナム『ステークホルダー資本主義』(2022年)を読んで

本書は、世界経済フォーラムを立ち上げ、現在も会長として主宰するクラウスシュワブ氏による。ダボス会議といった方が知名度が高いかもしれない。

そのシュワブ氏が、50年以上前に提唱した資本主義の概念が「ステークホルダー資本主義」であった。その概念に基づく経済システムの普及を図るために、世界経済フォーラム(前身の欧州経済フォーラム)を立ち上げたと言っても過言ではないのだから、本のタイトルにもなっている本書は、氏の渾身の一冊と言っていいかもしれない。

簡単にステークホルダー資本主義を述べると、新自由主義的な資本主義ではなく、国家資本主義でもなく、さらに言えば懐古的なコミュニティ重視の資本主義でもない。株主だけでもなく、国家だけでもない、そしてグローバル化以前の地域コミュニティだけでもない、人間と地球のための資本主義と言っていい。いわば、人間や地球を含む全てのステークホルダーのための資本主義である。

本書は、様々なビジョンと示唆に富む。いくつもの先進的事例が紹介されるが、私はデンマークの「フレキシキュリティー」の施策や、ニュージーランドが始めようとしているGDPに変わる新しい指標などについて特に注目した。

日本における「新しい資本主義」も似たような概念なんだろうと思う。けど、こちらの方が本家本元と言っていい。日本の「新しい資本主義」は、このステークホルダー資本主義をなぞったものだと本書を読んだ後、感じるようになった。それはそれで世界の潮流に乗っているということで評価すべきだろうと思う。

日本では、「三方よし」という近い概念があるが、その概念にある「世間」というのはどちらかというと「地域社会」という意味合いが強いような気がする。そうした点からすると、グローバル経済の中で、社会や政府・公共、環境などを幅広く捉え直すことの必要性もまた感じるのである。

本書で一つだけわからない箇所があった。それは、ステークホルダー資本主義に取り組むためには、ある程度の成功や余裕がなければできないのではないかということである。本書においてももちろんそうした事柄は触れられている。しかし例に出されるようなセールスフォースなどのケースでは、そもそもセールスフォース自体がかなり成功した企業であるということだ。地域の企業やスタートアップ企業にとって、そうした余裕がない中で、どうやって資本を獲得するのか。投資家がきっと新しい発想になるべきなんだろうと思うし、ブラックロックCEOもそうした考え方を第一においているとなると、それは遠い未来の話ではなくなるのかもしれない。

近未来のあるべき姿を描いた本書は、ぜひ多くのリーダーやリーダーを目指そうとする人に読んでもらいたい一冊だ。さらに言えば、既存の社会システムを構築してきた人が、こうした新しい概念を受け入れるための柔軟性を獲得するために読んで欲しい。

◇気になった箇所

本書で私は訴えたい。利己的な価値観、つまり短期的な利益をひたすら追い求め、租税や規制の抜け道を探す、あるいは環境に及ぼす害を他人事にしながら動く経済を、私たちはもう続けることはできない。それよりも、すべての人々と地球全体のことを考えて作られる社会、経済、そして国際的なコミュニティーが必要だ。もっと言えば、西側諸国で過去50年の間に広まった「株主資本主義」というシステムや、アジアで台頭した国家の優位性に重点を置く「国家資本主義」というシステムから、「ステークホルダー資本主義」という体制に私たちはシフトすべきだ。

(p18)

1934年、ブレトンウッズ合意が成立するはるか前に、クズネッツは米議会に対して、GNP/GDPにあまりとらわれすぎないようにと警告していた。彼は「国の幸福というのは国民所得の尺度では推測できない」と言った。

(p52)

私たちはサイモン・クズネッツの警告に耳を傾けることをしなかった。GDPとは、あくまで生産能力を測るための指標であり、繁栄の兆候を示すものではないので、経済面だけでなくもっと広い意味での社会の進歩を測るには、欠陥のある物差しだとクズネッツは言っていた。彼は1950年代に見られた所得格差の縮小が、その後も続くとは思っていなかった。むしろ格差が小さくなったのは、特定の技術革新によって全体の経済成長が一時的に押し上げられた結果であると見ていたのだ。また、経済が発展するにつれ環境破壊は減少するという「環境クズネッツ曲線」の類には、決して賛同することはなかった。

(p88)
(p112)


近年現れた数多くのデモ参加者、有権者、政党を単一のイデオロギー的なレンズを通して見ても、今起きていることをすっかり説明できるわけではない。社会や政治において、極右や極左が中道右派や中道左派に取って代わろうとしているわけではない。有権者がもはやエスタブリッシュメントの政党はおろか、今の民主主義体制そのものについて支持もしなければ信じもしないことが増えただけである。(中略)戦後時代に蓄えられた経済基盤に加え、民主的な政府という概念が、私たちが暮らす豊かな西洋社会の基盤を作った。その基盤が今、これまでになく揺らいでいるのである。

(p131)

その学びとは、こうだ。グローバル化は理屈の上では世の中を良くする力だが、実際にそれがプラスの威力を発揮するのは、誰もが恩恵にあやかれるよう管理され、レジリエンスと主権が確保されているときに限られる。グローバル化の歴史を振り返っても、同じことが言える。貿易の潮が満ちてどの船も同じ潮に乗ったとき、危険な波が立たずにいたことはわずか数十年しかないのである。西側諸国と日本をはじめとするすごくひと握りのアジア諸国にとって、その時期は第二次世界大戦が終わってすぐに始まり、1980年代まで続いた。

(p158)

経済のグローバル化によってすべての人が潤うには少なくとも三つの条件を満たす必要がある。第一に、グローバル化が軌道に乗るのは、社会と市民との間の約束、つまり社会契約が機能している時である。(中略)
第二に、グローバル化が成功するのは、政治家が、経済の方向性を示し国民を大切にする一方で、貿易や投資の面では世界に門戸を開くというバランスをうまく取ることができた時である。(中略)
第三に、グローバル化の醍醐味を味わえるのは、そのとき最も勢いのあるテクノロジーが、その国の経済と社会が持つ比較優位にある産業とタッグを組んでいる時である。

(p159-160)

テクノロジーはグローバル化のマイナスの影響を増幅させることがある。グローバル化した経済では、最新のテクノロジーを存分に駆使するスキルや教育が国民に十分に行き渡っていなければ、外国の人々にそのポジションを奪われてしまう。マクロな力が働いていたら、地域コミュニティーがどれほど努力しても太刀打ちできないこともある。

(p165)

デンマーク社会は企業と労働者の両方が守られるようにできていると彼は言う。この二者間で交わされた「取り決め」により企業は労働者を比較的簡単に解雇できるものの、企業は高い賃金を支払い、税収に貢献し、技能再教育の取り組みに参加している。給与には最大52%の税金がかかるため、この「フレキシキュリティー(労働市場の柔軟さと労働者の保護を両立させた施策)」モデルには確かにコストがかかる。それでもスビューはこう言う。「スカンジナビア諸国では、失業者に技能再教育を提供しているので、ほとんどの労働者がまた新しい職を得られている。これは、ドイツやスペイン、イタリアやフランスにはない。

(p173)

スビューは言う。「米経済の抱える大きな問題の一つは、労働者への教育が不十分なことだ。デンマークとは異なり、米国には労働者の技能向上のためのシステムが普及していない。OECDが発表した数字に、この問題が現れている。デンマークはOECD加盟国の中でも、いわゆる「積極的労働市場政策」への一人当たりの政府支出額が最も多く、失業者を労働市場に戻す支援をしている国である。これに比べて米国の政府支出は、この15分の1だ。またデンマークの社会体制は柔軟でよりインクルーシブであり、年齢・性別・教育レベルや雇用状況にかかわらず、国民のほとんどが対象となる。さらにもっと重要な点として、デンマークの社会体制は、あらゆるOECD諸国のうちで労働市場にニーズに最も適合している。一方、米国は、調査対象となった32カ国のうちで第19位と、デンマークに大きく水を開けられている。

(p174-175)

経済学者のクリストフ・ラクナーとブランコ・ミラノビッチは、よく知られる「エレファントカーブ」(象のグラフ)でこの影響を可視化した。そのグラフはI T革命が本格化した1988年から、インターネットが世界のサプライチェーンを揺るがした2008年まで、グローバル中間層が先進国の上位1%の層と同様に恩恵を受けたことを示している。しかし、欧米の中間層はその代償を払うことになった。I T革命により、彼らの仕事は他のところにいる低賃金労働者でもできることになり、彼らは仕事と給与の画面で圧迫されることになった。

(p198)
(p199)


ダボスみたいなところでは、誰でもサクセスストーリーを語りたがる。でも、その人たちの莫大な富は、呆れるような犠牲の上に成り立っている。そして気候変動の問題について、私たちは失敗していることを認めなければならない。今ある形の政治運動はすべて失敗してきたし、メディアもまた、世の中の人の気候変動問題への意識を高めることができずにいる。
これは2019年1月に世界経済フォーラムのダボスでの年次総会でスピーチをしたスウェーデンの若き環境活動家グレタ・トゥーンベリの言葉だ。

(p210)

こうした行動の変化が今まさに、社会のあらゆる層に影響を及ぼしている。たとえばマイクロソフトは、現在と未来のCO2排出量を削減するだけではなく、過去に排出した分も減らそうとしている。クラウドコンピューティング企業セールスフォースの共同CEOで世界経済フォーラム評議員会のメンバーでもあるマーク・ベニオフは、2020年のダボスでの年次総会で「私たちが知る資本主義は死んだ」と高らかに宣言した。従来の資本主義に代わって企業はステークホルダーモデルに従い、より良い環境管理を行うべきだと提言したのだ。6兆ドル以上を運用する資産運用の世界大手ブラックロックのCEO、ラリー・フィンクとその顧客は「政府、企業、株主はあまねく気候変動に向き合うべきだ」と考えるようになり、同社は目下「発電燃料用石炭の生産が収益の25%を超える企業の株や債権を運用中のポートフォリオから外して」いると言う。

(p233)

両システムの欠点を見ると、より良いグローバルシステムが新たに必要だと思える。それが、ステークホルダー資本主義だ。このシステムでは、経済、社会におけるすべてのステークホルダーの利害が考慮され、企業は短期的な利益だけでなく、中長期的な成長を最大にしようとする。政府は機会の均等と公平な競争条件を約束する。さらに、システムがサステナブルであり続けること、そしてあらゆる人を包摂することについて、すべてのステークホルダーが等しく貢献し、同時にシステムの恩恵を平等に受けられるよう、管理する役割を果たす。

(p242)

ステークホルダー資本主義を実践するために必要な第一の原理は「サブシディアリティー(補完性原理)」にある。一般的には下位への権限移譲を意味するこの原理は、これまでも試されたことがあり、純粋な理論としてだけ捉えられているものではない。実際に、よく知られているところではEUのガバナンスに適用されているが、この原理はスイス連邦やアラブ首長国連邦、ミクロネシア、その他世界中の連邦国家でも実践されている。
この原理の根底にあるのは、政策決定は可能な限り最も細かなレベルで、その決定が最も顕著な影響を与えるところの限りなく近くでなされるべきだという考え方だ。

(p257)

最も重要なのは、社会のごく一部の人だけでなく、すべての人が栄えるときに社会は最もうまくいくという考え方である。

(p260)

ステークホルダー資本主義のもとで、次のことが確実に行われるようにしなければならない。

■すべてのステークホルダーが、自らに関わる政策の決定に参加する資格を有していること
■すべてのステークホルダーが行う真の意味での価値創造または価値破壊について、採算面だけでなく環境・社会・ガバナンス(ESG)の観点から達成状況を適切に測定できる仕組みがあること
■ステークホルダーにとって、自分が社会から受け取ったものを社会に還元するために必要なチェック&バランスと、地域レベル、グローバルレベルのどちらにおいても自分の貢献度に見合った分け前を受け取るために必要なチェック&バランスが機能すること

(p262)

解決策は、協議プロセスと意思決定プロセスをうまく切り離せるかどうかにかかっていると私は見ている。協議段階では、すべてのステークホルダーが参加して、それぞれの懸念事項を聞く必要がある。それとは対照的に、意思決定段階では、その権限のある者(これは企業の場合には取締役会や経営幹部を意味する)だけが意思決定を行えるようにするべきだ。

(p280-281)

結局のところ、ステークホルダー主義の企業になる上で違いを生み出すものは、言葉ではなく行動である。

(p302)

昨年末、バンク・オブ・アメリカのCEO、ブライアン・モイニハンが率いる世界経済フォーラムの国際ビジネス評議会には「ステークホルダー資本主義指標」を発表した。これは、ESG目標に対する企業の進捗状況を測定し数値で示すことで、利益以上の目的のための最大限利用できるようにするもので、具体的には、以下の四つの柱からなる。
■ガバナンスの原則の柱(中略)
■地球の柱(中略)
■人の柱(中略)
■繁栄の柱には、以下の点についての指標が含まれるー従業員の離職数と採用数、企業が経済にもたらす貢献の度合い(プラスは賃金や低所得者・社会的弱者へのコミュニティー投資として、マイナスは受け取った政府援助として表れる)、金融投資と研究開発投資、及び納税額

(p305)

「社会は、公的機関と民間企業双方に社会的なパーパスを果たすよう求めている」と、フィンクはレターに書き、「長期にわたって繁栄するため、すべての企業は財務面で業績を上げるだけでなく、自社がどのようにして社会にプラスとなる貢献をするか示す必要がある」とした。

(p306-307)

フィンクはまた、本書の取材時に自身のESGに対する約束を守ると明言した。「大事なことは短期的な利益ではなく、会社の長期的な存続可能性だ」と彼は言い、そのような長期的な視点で見ると「ステークホルダー資本主義モデルはより大きな利益を生み出す」とした。(中略)さらにフィンクは、「資本主義的な観点から見てもステークホルダーモデルがより適している」と言う。なぜなら「株主資本主義に焦点を合わせているだけの企業はスピード不足になる」からだ。そのような企業は利益と成長の追求に目がくらんで、新しい世代の好みの変化や懸念など、長期的に企業に影響を与えるマイクロトレンドが見えず、自社の活動の根本的な推進力を理解できない。そして結局のところ、そのせいで彼らは終焉を迎えるかもしれない。

(p307-308)

誰もが持ち場をしっかり守れば、社会はうまく回るということだ。具体的には、利益やGDPを追うより、世の中が良くなることが大事であり、誰であれ、社会や経済に貢献したら評価されなければならない。政治家や大企業の経営者ら社会の指導層が力を発揮する一方で、現場の労働者など社会をした支える人たちにも活動の権限が与えられる、この両方が大切なのだ。

(p316-317)

ステークホルダーモデルにおける政府の主な役割は、全員を豊かにすることだ。つまり、政府はすべて当事者がそれぞれの豊かさを思う存分追求できる社会を実現させなければならない。しかもそれは、人と地球のどちらにとっても公正に行われなければならない。

(p320)

古くさいやり方をなぞるだけでは、組織としても人としても成功することはあり得ない。歴史とは、思想や行動、主義主張が発展して作られるものである。組織が自らの利益にこだわり、ステークホルダーの利益をかえりみずに自分だけの利益を追い求める時代はもはや過去のものだ。今や、社会を構成するすべての団体や人間が、相互に深くつながるようになったため、他の団体・人間と強い絆を保ち相互に良い影響を与えない限り、成功することはできない。ならば、社会全体のプラスになる決断以外はすべきではない。企業なら、株主有線という考えにしがみつく限り、歴史の逆風にさらされることになる。進化の兆しに気づき、ステークホルダー資本主義を実践する企業こそ、歴史は追い風となってくれるだろう。

(p347)

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◇プロフィール
藤井哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/SOCIALX.inc 共同創業者
1978年10月生まれ、滋賀県出身の43歳。2003年に若年者就業支援に取り組む会社を設立。2011年に政治行政領域に活動の幅を広げ、地方議員として地域課題・社会課題に取り組む。3期目は立候補せず2020年に京都で第二創業。2021年からSOCIALXの事業に共同創業者として参画。現在、社会課題解決のために官民共創の橋渡しをしています。
京都大学公共政策大学院修了(MPP)。京都芸術大学大学院学際デザイン領域に在籍中。日本労務学会所属。議会マニフェスト大賞グランプリ受賞。グッドデザイン賞受賞。著書いくつか。
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