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石山恒貴・伊達洋駆『越境学習入門』(2022年)を読んで。

▮ 読後感

もう5年ほど前から、就職氷河期世代の活躍支援に関する研究を、官民共創とは別の関心テーマとして進めているのですが、その中で「育児」や「社会的活動」を「スキル」として評価する意義を伝えています。

単に人格的な評価のみならず、仕事にも生きる経験として「育児」や「社会的経験」を評価することができれば、非正規や子育てパパママにとっても、非常に意義あるのではないかと考えています。

2018年に卒業した京都大学大学院でもこのテーマについて最後研究論文をまとめました。

https://www.kyoto.next-japan.net/wp-content/uploads/researchpaper-11fujii.pdf

当時書いた論文でも「越境学習」については触れていましたが、まだ一般的にはその概念は知られていなかったと考えています。そうした中で2018年に「越境学習のメカニズム」(石山恒貴)が発刊されて以降、徐々にその概念が広がりを見せてきているように感じています。

今回、読了した書籍は「越境学習のメカニズム」の著者でもある法政大学の石山恒貴教授が書かれた一般書『越境学習入門』です。一般書ではありますが、最新の研究と事例が掲載されており、十分に専門性を持った本だと考えています。

実はプライベートでも、また仕事においても、越境学習に関わるサービス開発に関わっており、今回この本を通じて学びを深めました。体系的に知識が補足することができて私としては大変良かったと考えています。
以下、私が気になって付箋を貼った個所です。備忘録として残しておきます。

▮ 気になった個所

「複数の活動システムの間の境界を越えること」というユーリア・エンゲストローム(拡張的学習の提唱者)による越境の定義にならい、我々はもっと広く、「越境=個人にとってのホームとアウェイの間にある境界を越えること」という定義を用いています。
(p12-13)
 
ホームとアウェイを往還する越境学習者になにが起きているのでしょうか?その特徴を一言で表すとすれば「越境学習者は葛藤を通して学ぶ」ということです。興味深いことに、「越境による葛藤」は、ホームからアウェイへと越境したときだけでなく、アウェイからホームへ戻ったときにも起きており、「越境学習者は二度の葛藤を通して学ぶ」ことが明らかになりました。
(p17-18)
 
OJTは既存の製品・サービスの改良・改善や効率性の向上など、現場力を高め、既存の「知」を「深化」させることには適しています。しかし、全く新しい発想で新しい製品・サービスを作り出したり、全く新しいやり方を取り入れたりしていくような「探索」には適していません。企業内OJTによる人材育成だけでは限界があることはたしかです。
(p21)
 
既存の枠に当てはまらない新しいことができる人材、組織内に「革新」「イノベーション」を起こす人材を、既存の枠の中で育成することは難しいものです。遠い分野の知を探して既存の知と結びつける「知の探索」ができる人材を育成するためには、やはり、枠の外へと「越境」させなければなりません。
(p22)
 
たとえば、チャールズ・ハンディは、人生の様々な活動や役割を、4つのワークとして整理しています。ワークとは、仕事というより、人生の役割に該当する概念です。4つのワークには、賃金を得る「有給ワーク」、家庭の役割を担う「家庭ワーク」、コミュニティや社会に貢献する「ギフト・地域ワーク」、様々な学びの活動を意味する「学習・趣味ワーク」という名前がついています。
ハンディは、生涯の活動時期の長期化(人生の長期化)が進む環境においては、人生の比重を有給ワークだけに置くのではなく、4つのワークを柔軟に組み合わせ「ポートフォリオ・ワーカー」として生きれば、より幸せになると考えたのです。
(p32)
 
「家庭ワーク」ですが、たとえば性別を問わず、育児休業、育児休暇の越境学習効果が注目されるようになっています。育児では、今までの経験にはなかった予測できない状況に、次々と対応していかなければなりません。もちろん、そのときは本当に大変で、これが学びなどと思う余裕はないかもしれませn。その後振り返ってみると、あのときの経験が仕事や能力向上に役立ったと感じる人が多いようです。
(p34-35)
 
「上下関係のなさ」は、自ら能動的に動き、個人が主体的にリーダーシップを発揮することにつながります。「異質性」は、多様な人たちとのコミュニケーションと、関係構築を図りながら協働的に物事を進める経験につながります。「抽象性」は、試行錯誤や失敗を恐れず、まず挑戦してみる姿勢につながります。
(p41)
 
越境学習はキャリア面でも大きな影響をもたらします。一番大きいのは、「自分がなにができるのか」を見つめ直す良い機会になるということです。
(p42)
 
越境学習において注目して頂きたいのは、個人にももたらす効果よりも、組織にもたらす効果です。越境学習者は組織にどのような効果をもたらすのでしょうか。一言で申し上げるなら、新しいことに挑戦する、ものごとを変えていく原動力となり、組織にイノベーションや変革をもたらす可能性がある、といことになります。
(p44-45)
 
「越境学習」と「経験学習」は、その世界観と目指す方向性が大きく異なります。あえて言えば、逆の方向を目指しているとということ言っても過言ではありません。
「経験学習」が目指すものは、経験から学び、いかに自分の専門領域に関して熟達していくということです。他方、「越境学習」の目指すものは、現状の前提と固定観念を疑い、いかにしてこれまで味わったことのない違和感、葛藤から学ぶか、ハラハラするような冒険ができるか、ということです。
(p49-50)
 
メジローによれば、混乱するジレンマ→自己検討→これまでの前提の批判的検討→今までの前提を乗り越えることができることへの気づき→行動の計画→行動の試行と自信の獲得→新しい世界観による自己の再統合、という順序で変化が生じていきます。
(p75)
 
越境学習では、「なにになりたいか」(どんなアイデンティティ形成をしたいか)という問いが重要となります。「なにになりたいか」(どんなアイデンティティを形成したいか)という問いとは、自分がどんな価値観を大切にしたいか、という問いと言い換えてもよいほど似ていますので、越境学習はキャリア自律と親和性が高いのです。
(p90)
 
これまでの企業の人材育成は、経験学習により、同じ企業文化の中での熟達を目指す縦の糸(垂直の学び)が中心でした。このやり方は、既存の製品・サービスの改良・改善や効率性の向上を図るうえでは極めて有効ですが、新しい発想で製品やサービスをつくり出し、新しいやり方を取り入れて進めていくイノベーションには適していません。イノベーションを推進する人材の育成には、これまでのやり方では限界がきたのです。
(p101)
 
越境学習は、イノベーターの育成にどの程度効果を発揮するのでしょうか。イノベーション研究の第一人者クレイトン・クリステンセン教授らは、3500人超のイノベーティブな企業経営者や、イノベーティブな仕事を手掛けるリーダーたちを調査し、イノベーターが持つ5つの能力(発見力)を明らかにしています。
それによると、イノベーターは新しいアイデアを「発見」するうえで、関連づけの力(関連づけの認知的スキル)、質問力(現状に異議を唱える質問)、観察力(新しいやり方の観察)、実験力(新しいアイデアを試す)、ネットワーク力(多様な人々と幅広いネットワークをつくる)という5つの能力を有しているといいます。
(p102-103)
 
越境学習になるかどうかは、その人自身の参加姿勢とリフレクションによるところも大きいでしょう。たとえば、マンションの理事会のようなコミュニティへ参加することも、自分の意志でなにかを提案し、積極的に行動してそこでの出来事を振り返れば、自身のアイデンティティになんらかの影響が生じ、そこに越境の学びが生じます。
(p108)

(p121 図)

我々は「越境中」に大きな葛藤と衝撃があることは想定していましたが、実は「越境後」の葛藤と衝撃のほうが大きいということこそ、新たな、かつ重要な発見でした。
(p122)
 
越境前に必要な心の準備
働く目的が明確化している
所属組織から自分を切り離す「脱社会化」を行ううえでは、「組織内の個人として」ではなく、自分自身として今、なんのために働いているのか、今後、なにをやっていきたいのか、どう働きたいのか、など働くことへの価値観に向き合い、明確にしていくことが求められます。
越境の目的が明確化している
なぜ越境するのか、越境の目的や意義を理解し、「組織のため」ではなく自分自身として、越境先でなにがやりたいのか、今後どうしていきたいのかを明確にし、越境先での経験を自分のキャリアにどう位置づけるのかまでイメージしておくことが重要です。
(p129-130)
 
越境先での1度目の衝撃とは、どのようなものなのでしょうか。それは、所属組織にいるときには当たり前過ぎて気づかなかった「自社の常識が越境先に通じない」という衝撃です。
(p135)


経営者や人事の中には、「副業をしたり、越境したりすると、そちらの方が良くなって、会社を辞めてしまうのではないか」といったことを懸念される方がいますが、こうしたことは心配するほど多くはありません。両方の組織を相対化し俯瞰することができるようになるので、かえって所属組織の良さも再認識できるからではないかと考えています。
(p141)
 
脱社会化し、複数のアイデンティティを持つようになった個人から見ると、ホーム自体の景色が今までと違って見えることになります。この予期せぬ事態に、越境学習者は大きな衝撃を受けてしまうわけです。…越境学習者はこうした葛藤を抱えつつも、一度目の葛藤を乗り越えた経験を活かして、再度、自分の仕事と所属組織を俯瞰して捉え直しながら、自組織に馴染んでいきます。
(p149)

企業主導による越境学習の醍醐味は、人材育成だけでなく、戻ってきた越境学習者により、組織(コミュニティ)が揺さぶられ、変化がもたらされるところにあります。越境学習者がこうした変革の種を組織に運んできて、芽吹かせることができるかどうかは、人事や越境学習者の上司などの関係者が越境学習の考え方を理解し、憂きれる環境が整えられているかどうかにかかっています。逆にいえば、組織に何らかの変革をもたらすことを良しとしないかぎりは、越境学習者を活かすことも、越境学習の効果を組織として享受することもできません。越境学習によって人材や組織にどのような変化をもたらしたいのかを、関係者全員で共有しておくことが、人材育成として越境学習を導入するにあたって欠かせない準備といえます。
(p173)
 
上司が越境すると部下の学習志向とアンラーニングも促進されるわけです。
(p179)
 
良質なリフレクション(内省・振り返り)が必要です。自ら答えを見つけられるよう、伴走者は越境学習者に寄り添いながら、問いかけを続けていくのです。伴走者は「越境前」「越境中」「越境後」の期間の中で越境学習者とリフレクションを促す面談を適宜行います。
(p180)
 
避けたいのは「迫害」と「風化」です。
(p187)

◇プロフィール
藤井哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/SOCIALX.inc 共同創業者
1978年10月生まれ、滋賀県出身の43歳。2003年に若年者就業支援に取り組む会社を設立。2011年に政治行政領域に活動の幅を広げ、地方議員として地域課題・社会課題に取り組む。3期目は立候補せず2020年に京都で第二創業。2021年からSOCIALXの事業に共同創業者として参画。現在、社会課題解決のために官民共創の橋渡しをしています。
京都大学公共政策大学院修了(MPP)。京都芸術大学大学院学際デザイン領域に在籍中。日本労務学会所属。議会マニフェスト大賞グランプリ受賞。グッドデザイン賞受賞。著書いくつか。


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