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京都ボヘミアン物語⑳飢えと雨と寒さにふるえた積丹サバイバル

アイヌの海で「米なし」サバ

 失恋騒動のさなか、ボヘミアン最大のイベント「サバイバル」の準備がすすんでいた。
 ボヘミアン3期目の夏はどうするか。3つの案があった。
①川サバイバル(川サバ) より少ない収穫できびしい環境で工夫してくらす。
②海サバイバル(海サバ) 従来のサバイバル。
③北海道ヒッチ旅行 であいをもとめて旅するロマン路線。
 議論をへて「海サバ」にきまり、今までいったことがない北海道に着目した。
 道路がなくて、水があって、集落からのアクセスが楽なところ……と、さがすうちに、積丹半島をぐるりとまわる国道229号が未完成であることに気づいた。
 神恵内村の川白と積丹町の沼前のあいだの約7キロだけ道路がないのだ(1996年に開通)。
 地形図を丹念にみると、川白から3キロの地点にオプカルイシ川というアイヌ語っぽい名前の川がある。
 ここだ!

 1985年の隠岐サバイバルではみそを持参するか否かの神学論争に10時間かけた。
 どんなサバイバルにしたいか? 86年もやはり紛糾した。
「たえるだけじゃつまらん。楽に遊びたい」
「自然のなかでボーッとのんびりすごしたい」
「ストイックにやれるだけやって、たおれたら入院したらええやん!」……
 3期生にあたる1回生は、ぼくら2回生にくらべるとおとなしい。「ふつうのキャンプ派」が多数をしめると予想していたが、議論は意外な方向にむかう。
 太宰治や坂口安吾、尾崎豊が好きだというインドア派の文学部生のカミサカはアウトドアにもっと縁がないとおもわれた。その彼が口をひらいた。
「そもそもサバイバルっていうなら主食をもっていくのもおかしい。ふつうのキャンプとのちがいを明確にするべきや」
 ハードなアウトドアをもっとも忌避しそうなカミサカがきびしい意見をのべることで、「楽でたのしいキャンプをしたい」という声は封じられた。その後もくすぶる「たのしいキャンプ派」の悪あがきにたいしては、隊長セージが前年にひきつづいて妥協案を提示した。
「サバの期間を1週間から3日間に短縮して、そのかわりコメも持参しない。あまった日程はヒッチで北海道をまわるというのはどうや」
 こういうまぬけな折衷案はセージの得意技だ。そして前年につづいて彼の案が採用されることになった。
 主食の米を持参しないかわりに、みそやマヨネーズなどの調味料はゆるされた。

恐怖のエキノコックス

大筋がきまったところで、コヤマがむずかしい顔をして口をひらいた。
「北海道はエキノコックスがあるやろ。大丈夫なんか?」
 エキノコックスとは、キツネやイヌの糞にふくまれる虫卵を口から食べたときにおこる病気だ。外科手術をしなければ死にいたるといわれている。
「大丈夫ではない」としたら、イチから議論のやりなおしだ。へたしたら北海道サバイバルは無理ということになりかねない。
「おれ、去年ヒッチで北海道は全部まわったけど、エキノコックスは道東や道北で、道南は大丈夫らしいで」
 ヒッチハイクで小耳にはさんだ内容を、さも自分はよく知っているかのように断言した。
 今ならばインターネットで情報の真偽はすぐに確認できるが、当時はエキノコックスについて知るには図書館にいく必要がある。だから「大丈夫や!」と自信満々で断言すればそれがとおった。インターネット以前の議論では知識量が重視されたため、「知ったかぶり」は有効な武器だったのだ。
 ただ、コヤマは常人とちがう。なんでも徹底的にしらべるくせがあり、その強烈な探究心ゆえに麻雀はプロなみの腕だった。エキノコックスについても図書館でしらべたらしい。数日後、怒りをぶちまけた。
「エキノコックスは北海道全体でおきてるやんか。しかも初期症状がでるまで10年以上かかるんや。フジー、おまえは責任をとるんか? フジーのいうことは金輪際信用せん!」
 とはいえ、議論がむしかえされることはなく、「ま、なんとかなるやろ」と、ボヘミアンらしい根拠のない楽観主義で実施はきまった。
 ちなみにエキノコックスは、20世紀になって千島列島から北海道にはいってきたらしい。最初の流行は、毛皮とネズミ駆除のために導入されたキツネによって礼文島で発生した。1937 年から1965年までに114人の患者が発生した。一方、1965 年からはじまる道東での流行は、千島列島から流氷の上をわたってきたキツネが原因と推定されている。1999年から2018年までは計425例あり、9割は北海道だが、本州の飼い犬からも感染例が報告されている。

住居はビニールシート、主食はニイナ

食事はニイナとみそ汁ばかり

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