月よわたしを唄わせて…「かくれ発達障害」と共に37年を駈けぬけた「うたうたい のえ」の生と死(あする恵子著、インパクト出版会)

 とても良い本だった。分厚いけれど、集中して読み切ってしまった。

「かくれ発達障害」やその二次障害、それに伴う「認知の歪み」などについて、この本のように丹念に描写してくれると、はじめて理解のトバ口に立つことができるのではないか、と思う。

それに、付属CDの唄が素晴らしい。特に『月は知らんぷり』は、こわれやすくて真っすぐで可愛らしい感性が伝わってくる。

母親2人と子ども5人の暮しは、一人一人の個性がすごく違っていて一筋縄ではいかないが、貧乏でも賑やかにたくましく暮らす描写には、『てんとう虫の唄』の7キョウダイを思い出す。

この本は、知的障害のない「かくれ発達障害」をかかえながら路上で唄いつづけ、37歳で旅立ってしまった「うたうたい のえ」さんの足跡を、同じ感性をもった18歳年上の母がたどったストーリーだ。

 ガラスのような感性が全編に溢れていて、心をピーンと張りつめないと読めないのだけど、なぜか最後は救いを感じられた。

 たくましくて無謀で、やんちゃな野生児として子ども時代を生きたのえさんは、15歳で東京に出て、やがて路上で唄い始める。ほどなく老舗ライブハウス『曼荼羅』のいち押しとして可愛がられ、音楽雑誌でも取り上げられる。大きな失策の後は25歳で京都に移り、8年後の2004年には大阪の西成へ。

 知的障害のない「かくれ発達障害」は、一見ふつうに見えるがゆえに、精神科のクリニックも、家族も本人さえも、生きづらさの原因が障害とはなかなか意識できない。周囲と自分の無理解の積み重ねの上に「二次障害」がかさなると、ウツや様々な依存症を併発し、生きることさえ難しくなっていく。のえさんも切羽詰まるたびに、アルコールや処方薬、はたまた恋愛に依存していく。

 その果てにようやく、母親二人は、のえさんの発達障害の診断にこぎつけようと、渾身の力でフォローするのだが。

 当時、長居公園には野宿者のテント村があった。近くに住んでいた彼女は「ただのご近所さんのうたうたい」としてつきあいを深めた。

 テント村が強制撤去されたとき、支援の若者たちは涙を流していた。それを見たのえさんは「自己陶酔している」と違和感を感じる。

「だって本当に立ち退きにあった人は、ひとりとして泣いていなかったもん。」

 彼女は、鋭敏な感性も人間的な弱さも、支援者の若者よりも野宿者のおっちゃんの側にいた。

 僕も学生時代、「越冬闘争」に参加したときは、「たたかう労働者」のイメージだった。

1997年に3カ月かけて野宿者の取材をしたときは、野宿者の多くはお人好しで弱くて、不器用な人たちだと気づいたのだが、この本を読んで、1997年に取材した約40人のおっちゃんの多くは「発達障害」だったのではないかと思えた。

 ある男性は水俣出身で、とび職をしていたが、水俣病のような症状が現れて働けなくなり、アパートを失いホームレスになった。救急車で運ばれた病院では、爪楊枝と竹ひごで10日間かけて精緻な五重塔を作っていた。細かなこだわりと人づきあいの不器用さは、今から思うと発達障害だった。

 あのとき、行政や医者、支援者が「障害」をきめこまかく認識していれば、野宿者の多くは救われたのではないか。

 のえさんも人づきあいは苦手で、アルコールや恋愛におぼれ、ウツを発症し、発達障害の二次障害がきわまった「認知の歪み」で、身近な家族や友人をふりまわし混乱させる。

それでも家族や友人は彼女になんとか寄り添おうと必死で努力するが、「自閉症」という診断が出てわずか1か月と3週間後に、崩壊していく彼女を誰も止められないまま、精神科で処方された薬を大量に摂取してついに亡くなってしまう。

 でも、というか、だからこそなのか、彼女の唄は圧倒的な迫力で心に突きささる。

「唄ってなければ とっくのとうに みずから 命を断っていた」

「空気なんて読めない 読まないんじゃなくて 読めないのよ」……

 自分に唄を唄わせてくれる守護神のように感じていた「月」に、「私を見つけて!」と呼びかける。

でももはや、のえさんの声は月に届かない。

「生きているのも危うい夜に、月は知らーんぷり!!」

 生きにくい人生を必死で生きて、倒れた。

 とてもつらい記録なのに、読み終えたとき、彼女を抱きしめて、一生懸命生きてくれて、唄を遺してくれてありがとう……と伝えたくなった。

 500ページを超える長い長いノンフィクションは、それじたいが長大な詩なのだと思えた。

購入方法

アマゾンなどでも購入できるけど「ベロ亭ネットショップ https://berotei.com →「本」」から注文すれば、送料はかかるけど、特製しおりなどの特典があるそうです。

著者のパートナーの岩国英子さんの焼き物は、ふだんの食事を楽しく、つらいときの食事を一瞬なごませてくれます。本といっしょにぜひ試してみてください。

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