マガジンのカバー画像

藤井ペイジの思い出

32
運営しているクリエイター

2019年11月の記事一覧

第19話 サンミュージックの救世主

よろしければ読者登録お願いいたします。
バックナンバーはこちら
→「藤井ペイジの思い出100円」リスト

第19話
「サンミュージックの救世主」

飛石連休を組み、サンミュージックに預かってもらったのは2000年の4月から。
老舗の芸能事務所サンミュージックが「GET(GAG ENTERTAINMENT TEAM)」と呼ばれるお笑い班を始めて、まだ2〜3年程だった。
現社長(当日副社長)が、旧知の

もっとみる

第20話 第1回 M―1グランプリの思い出

お忙しい中、覗きに来てくださってありがとうございます。
もしよろしければ読者登録をお願いいたしますm(__)m
バックナンバーはこちら
→「藤井ペイジの思い出100円」リスト

「藤井ペイジの思い出100円」
第20話
「第1回 M―1グランプリの思い出」M―1グランプリ。
一流の漫才師を志す人間ならば、誰もがあの決勝の舞台に憧れる、年末の一大イベントだ。

一時期休止していたが、2015年に再開

もっとみる

第21話 解散を決めた瞬間

覗いてくださいましてありがとうございます。
バックナンバーはこちら
→「藤井ペイジの思い出100円」リスト

第21話
「解散を決めた瞬間」先に言っておくけれども、今のコンビ「飛石連休」ではないです。
僕が最初に組んだコンビ「ミシマフジイ」の話。

高校の同級生と一緒にNSCに入学したのが1994年の4月。
3年半ほど過ぎた頃に、そのコンビをやめようと思った瞬間があり、そして解散した。
今まで誰か

もっとみる

第22話 波乱の東京1年目

よろしければ読者登録などしていただけると幸いです。
バックナンバーはこちら
→「藤井ペイジの思い出100円」リスト

藤井ペイジの思い出100円
第22話『波乱の東京1年目』お笑いの世界だけの用語ではないが
「とぶ」
という言葉がある。

突然仕事の現場に来ず、連絡も取れず、行方が分からなくなることだ。

実は僕も一度だけ経験がある。

とんだ方ではなく
とばれた方で。
しかも上京してまだ1年目

もっとみる