第19話 サンミュージックの救世主

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第19話
「サンミュージックの救世主」

飛石連休を組み、サンミュージックに預かってもらったのは2000年の4月から。
老舗の芸能事務所サンミュージックが「GET(GAG ENTERTAINMENT TEAM)」と呼ばれるお笑い班を始めて、まだ2〜3年程だった。
現社長(当日副社長)が、旧知の仲であるブッチャーブラザーズさんに声をかけ、立ち上げたと聞いている。

今でこそ50組をゆうに超える大所帯で。
テレビでお馴染みのカンニング竹山さんや
最近ではカズレーザーと安藤なつのメイプル超合金を輩出したり、お笑い界で存在感を放っているが、僕らが入った当時は10組もいなかった。

もちろんメジャーな芸人は皆無。
(でもその中には、後に謎かけでブレイクするねづっちや、人気劇団「山田ジャパン」の主宰である山田能龍がいた)
テレビ局にオーディションにいくだびに、スタッフさんがプロフィールを見て
「サンミュージックってお笑いやってるの?」
と聞かれた。

それに元々は正統派の音楽・アイドル事務所。
第1号タレントの森田健作さんを筆頭に、松田聖子さんや都はるみさんなど、時代を彩ったスターたちを次々と世に送り出している。

一転してお笑い界は、ボキャブラブームが下火となった頃の冬の時代。
古くからの社員の中には
「お笑いなんて、うちにはいらない」
「早くやめろ」
と言っている人間も少なくなかったとか。

実際、入って2年ほど経った頃に
「サンミュージック、お笑いやめるんでしょ?」
「飛石連休、○○の事務所に行くらしいね」
と、他の事務所の芸人から言われたこともある。
あれは何だったんだ?

そんな窮地を救った芸人がいる。

それは…

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