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街の片隅で

「時間どうしますか」と言われて時計を見たら既に予定の滞在時間を過ぎていたらしく、店主がさりげない形で確認してきた。

声を掛けられるまで今何時なのかわからずにいた。

窓の外はまだ明るく、時間を測る材料にはならなかった。だいぶ日が伸びたな、と思った。

最近近くに商店街に出来た作業スペースができた。
「あれ、僕何時から居ましたっけ?」

店主に確認すると1Fにいる本屋の若店長に「何時からいたっけー?」と吹き抜けを通して叫んだ。

昔の鉄骨がの上に敷かれた薄い木材の上に声が響く。

歩くとミシミシ音を立てるぐらいなので大丈夫なはずなのに歩くときは突き抜けないか心配になってしまう。

「14時ぐらいかららしいです」

解像度を下げた言い回しで伝えてくれた。どうやら30分ほど過ぎていたらしい。

ここの作業スペースは元々は去年の夏に開く予定であった。多忙なのか夏が秋になり、看板に手書きで冬と書かれた後、この春にやっとオープンした。

そのとき家じゃ何も作業できない自分にとってはこの環境はもってこいだったのだが、展示やイベントで使えない日もあり余り来れていなかった。

1杯450円のアイスコーヒーを頼んで作業をしていた。線状降水帯が過ぎ去ったあとは初夏を風と蒸し暑さが残った。

そのとき僕はホームセンターで買ったであろう板材に、端が細い木材で強化されたDIY色の強い机に陣取り、やりたくもない会社の通信課題をこなしていた。

通信課題はほぼ終わっていた。他にもやることはあったけれど残りの時間じゃ大して何もできないのでそのまま帰ってもよかった。

けど何となくバタバタ片付けて帰る気分でもなかったので「じゃああと30分だけ」と結局五百円払って延長することにした。それでも千円なのでだいぶ格安ではある。

「お金は後でいいですよ。」

同世代の店主は去り際に言った。「コーヒーお替りしますか?」と言われて、少し悩んで断った。
 
***
 
繁忙期が終わった。
春先の需要期から決算月まで何となく駆け抜けていた。
基本的に一つのことしか出来ないので、仕事のことを考えながら生きていたらいつの間にか部屋は漫然と散らかっていた。
上司の異動による引継ぎや、新入社員の世話、与えられた課題など、気持ちは薄汚れた20代後半のままだが確実に年を重ねている事実と社内の仕組みの効率化や小奇麗な発言の裏に潜む臆病さなどに身を浸してなんとなく順調にサラリーマンとして生きている。
 
最近は「文句を言いたいときは文句の内容などどうでもいい。ただ文句が言いたいだけなのだ。」
と思うようにもなったし、余計なことは何も考えないようにもなった。
結局日々の気持ちが積み重ねのバランスが崩れ、文句という流れに乗ってあふれ出ただけなのだと思う。
演劇っぽいアピールなどは苦手なので表情筋を担保にやりすごしている。
最近背中が硬い。いつまでも若いとは思っていないが、現状のままでどこまで行けるのかとも漠然と不安になる。
といいつつも今年に入ってから大喜利にハマり、余暇の過ごし方としてはだいぶ充実している。
ネットからの脱却として外に出て外のコミュニティに属さなければと思っているが、情報量が多くて感情の機微のコントロールに苦労している。
慣れないことも多いが、慣れないことに慣れていかないとという危機感がどこかにある。
 
***
 
片づけていると店主が「淹れたついでなので」と結局紙コップに入ったホットコーヒーを渡してくれた。

なんとなくスティック状の砂糖と、コーヒーフレッシュ入れて飲んだ。

帰り際、店主と若店長と下のカウンターで少し話した。

寄稿した文が本になった話、害獣の皮を使ったバッグの話、草加は皮の街であるということ。猟師の自伝編集の話、ライフル、爺婆の手伝いサービスのこと。これからのこと。

「いろんなことに手を出してて何屋だかわかんないんすよね」と店主は笑った。
この商店街は寂れているが片隅で何かが胎動している。

自分もだいぶ相談させてもらった。

自分では器用ではないが器用であるという認識をされていて、人からの評価はわからないなと思った。

寄稿文には「晴れない霧の中で書店の方向に賭けて舵を切った」と書いてあった。

ここ30年ほど「答えがない」と言われてる。メディアには気が滅入る言葉が並び、書店には勇ましい言葉が並ぶ。

つまるところは自分の人生は自分で肯定していかなればならないのだが、背ける材料は目の前にいくらでもあって、先延ばしにするには充分な量が与えられている。やらないだけの言い訳はネットで調べれば出てくる。

僕の、ただサラリーマンである自分はどこへ向かうのか、という問いはいつまでも気づかないふりをし続けている。
 

そのうちこの街を離れるのだろうか。
あと半年ほどの猶予をこの街で楽しく過ごしていきたいと思う。
 
 
 
 
 

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