当事者研究とAACでの発表
こんばんは.ふじえもんです.
今取り組んでいる研究が二つあるのですが,一つ区切りがついたので,やったこと・考えたこと・伝えたいことを記事にしてみます.
ろう・難聴者はもちろんですが,関わる聴者にもぜひ一読してほしいなと思っています.
なるべく具体的に例を挙げ,簡潔に説明することを目指しました.
ですが,ちょっと冗長な部分もあるかもしれません.とりあえず今考えたことを言語化してみました.
アクセシビリティ研究会で発表しました
先日,SIGAAC第23回研究会(アクセシビリティ研究会)にて2023年2月ごろから取り組んでいる研究について発表しました.特別研究とは別の研究になります.まさかこのような機会・指導がいただけるとは思っておらず非常にありがたい挑戦でした.指導していただき本当にありがとうございます.
タイトルは「ろう・難聴者と聴者のグループ対話における理解度・参加度の高いコミュニケーションストラテジー」です.
ろう・難聴者と聴者が混じったグループでの対話の場面は学校や企業等で見られます.
文字通訳や手話通訳の用意ができれば会議等で互いに発言・伝えられると思います.
しかし,突発的に起きるような対話,例えばソフトウェア開発中のコードの検討だとか,考えていることの検証だとかを複数人でやるとなると,そういった通訳の用意は難しいと考えられます.
実際はそのような場面が多いのではないでしょうか.
そこで,その場にあるような,身の回りにあるようなもの,例えばペンや紙,ホワイトボードシート,スマホ,タブレットなどを複数使うことを考えて.そのチーム,場に必要な情報保障を行いながらコミュニケーションを試みるのではないでしょうか.
本研究では,そうした場面を想定して,ろう・難聴者が聴者と対等に対話する,議論に参加し発言するためにはどうしたらいいかをいくつかの手法で実験を行い検証しました.
実験の概要や詳細については省略します.論文を読んでください.
結論-セルフアドボカシーとコミュニケーションストラテジーが大事
結論としては,下記に示す2点が重要だとわかりました.
言ってしまえば当たり前のことかもしれないですが,実際にそれが確認できたという研究はこれまでにありませんでした.
セルフアドボカシーが大事
自分の聞こえ方や受け取り方を共有する
上記をもとにコミュニケーションストラテジーをチームで考える
コミュニケーションストラテジー=伝達方略とも.コミュニケーションを円滑にするための工夫
聞き返し
言い換え
聞き取り確認
理解確認など
どうコミュニケーションをとるかをチームで決める
付箋やホワイトボードの筆記のみで行う
口元が見えるようにして話すなど
また,話の内容を掴めなかったとき,ろう・難聴者は音声認識画面を見ていましたが,聴者は(少なくとも今回の実験では)まったく気づかず対話を続けている場面が見られました.その場にいる全員が情報を受け取れているのかどうか気にした方がいいと気づきました.対話に集中していると.また盛り上がっていると気が付きにくいのですが,「あれ,なんかいつもより静かだな.いつもならこのタイミングで何か意見を出してくれるのに」と思ったら,もしかしたらその対話の内容をつかめていないかもしれません.
とくにファシリテーターはその場で結論をつけるにあたりその場にいるメンバー全員の能力や考えをなるべく活発的にしようと試みると思いますが,仮に情報伝達が不十分でそのメンバーの能力が十分に発揮されていなかったとしたらどうでしょうか.
研究としてはまだサンプルが少なく一般化するには不十分なデータ数です.本学は比較的他の環境に比べ人を集めやすい立場にありますが,それでも人を集めにくいということもあります.
これからもう少し実験を重ねて行けたらいいなと思っています.後輩がこの続きやらないかなあ..自分でどう聴者とコミュニケーションをとっていいかわからない,試行錯誤しているという人にぜひ取り組んでほしい.
本学においても就職したあとにおいてもどこの場面でも起きうる状況だけど,中々経験や知見として共有されていないように個人的に思うんですよね.小さなコミュニケーションのズレが大きな人間関係の乖離につながり辞職につながります.
決してろう・難聴者,聴覚障害者だけに起きうる問題ではないと思うのですが,ここでは聴覚的に情報を得にくい立場でも互いに情報伝達をできていると言えるだろうか,そうでなければ何が足りないのか,何をしたら改善できそうか,そういったことを.いよいよ,ろう・難聴者と聴者,そのチーム全員でチームの問題として考えるタイミングが来ているんじゃないかなと思っています.(この辺りの根拠は主観的なもので,筆者の経験,見聞きした情報が元になっているので,もしかしたら実際は,今はそんなことはないのかもしれません)
あるチームのパフォーマンスを上げるために,障害となっていることがあればそれを取り除く,あるいは障害となっている要因を見直し当事者のニーズ・声に従って改善していくというのはごくごく自然な行動です.
ですが,果たして聴覚障害がある人に対してそれができているのかどうか.
当事者は困り事として周りに伝えられているのかどうか気になっています.(本学の就活でも非常に気にする事柄だと思います.大抵OB・OGがいる企業はある程度配慮がなされている場合がありますが,それが自分に合っているとは限らないので,自分が求めることをしてもらえるのかどうか確認・交渉する必要があります.)
発表に際して意識したこと
スライドの配色はコントラスト比を大きく持ちながら,眩しくないように,長時間でも疲れずに読めるように.
背景を薄いクリーム色に,文字は黒に近いグレーに.(PPT)
色は最小限に.図は色に頼らず,模様を使う
発表では,情報保障の進捗を確認しながら話す
早口になるのを防ぐ
往々にして緊張して急いで話す傾向がある
話が音声として文字として伝わったことを確認してから,次の話へ進む
修正が追いつかないと,せっかくの情報保障の効果が減るし,自分の主張が存分に伝えられない
なるべく明瞭に話す
認識精度が向上し,修正が減る.結果的に早く正確に情報伝達できる
音を聞いている人にとっても聞きやすい
PCばかり見ない,PCはあなたの話し相手じゃない.見るべきは聴衆.前を見よう.
1スライド1つのメッセージ・主張
内容が長くなる,いくつかの主張が混じりそうならスライドをわける
箇条書きで読みやすくわかりやすく書く
一文が長いと読みにくい,疲れる
図や表はこれでもかというぐらい丁寧に説明する
データを見せる,理解してもらうことは発表資料として提示する上で重要
ここがわからなければ以降の分析,考察がストンと理解しにくい
その図で何を示したいのかを言語化できるようにする.できないならそれは不要.
ラベルや軸の説明も文字として出すなら遠くからでも読めるフォントサイズ,工夫を.
見て,読んでわからなければ何の参考にもならない図表のガイド
情報保障,とくに文字通訳は質疑応答で役に立つよ
質疑応答の場面で,質問が複数あり,一人の質問者からの発話が長いことが度々あります.実際何件かありました.
一つ一つ小さく質問いただいて回答するようにできると,答えやすいのですが,時間的な問題やその他色々あるんでしょう.とにかく長くなりがちです.幾分か冗長なように感じる質問もあります.
他の人はよく整理して回答できるなあと感心しています.慣れでしょう.
自分は,会場の音響が少し小さく聞き取りにくいこともあって,文字通訳を積極的に見るようにして内容を把握していました.また通訳を見ていることがわかるように意識的に長めに視線をずらしたりしていました.
「なんで黙っているんだろう?」と思われることを防ぎ,質問の整理に時間を使っていると気づいてもらうことができます.
これはオンサイトで,自分の顔以外に体の姿勢全体が視野に入るからこそそのようにアピールできるのだと思います.オンラインだと自分の顔ばかりで,何か視線をずらしていたとしても,他のことを見ていることには気が付きにくいです.
あとは単純に,質問,コメントが長いので,今聞いた話を,認識結果を遡って質問の趣旨,本質を捉えるということをしていました.多分うまく整理して回答できたんじゃないかなと思います.
対話のときに,正確に情報を受け取ることで正しく本質を解釈して,相手に回答を伝えることができます.
アクセシビリティ研究会では,UDトークによる音声認識+修正でした.
非常に読みやすく内容を理解することを妨げないUIでした.(こういう音声認識ツールに慣れているからというのはあるかも)
当事者研究はいいぞ
当事者研究はいいぞ!という話を書きます.
主な対象は本学の後輩向けです.もうちょっと裾野を広げると,自分の困りごとがあって自分で解決したい人です.
以前こちらでも研究について触れていました.それがやっと今月12月になって発表する形で一つの区切りを迎えることができました.
本学にとって当事者研究は当たり前のように行われている印象があります.
聴覚障害があるからこそ抱えている問題や気づきがあり,そこに対してのアプローチを学部4年の1年間で研究するという例が多く見られます.本学ならではの光景だと思います.他の大学だと教員や先輩から研究を引き継いで行う印象があります.
問題意識を自分のものとして捉え,そこに対して解決に向かっていく,まさに当事者研究です.
自分でその問題や背景をよくわかっているからこそ,どうしたいか,どうすればそれが解決できそうかクリアにアイデアが思い浮かんでいる人もいればそうでない,とにかく困ってるんだけどどうすれば解決できそうか検討もつかないこともあると思います.
まずは,自分一人を対象に(ペルソナ)自分がどういう行動をしていて,どういう時に困るかを考えて,それを解決するようにいろんなことを試してみる.
そうすると,後々に「他の人も同じような状況でその解決策で課題を解決できる」という流れに繋がることがあります.これが市場の拡大です.(多分.実際に経験したわけではないのでこれは憶測です.)
また,どうすればそれが最小限の努力で達成できるか,プロダクト開発でいうMVP(Minimal Viable Product),顧客のニーズを満たす最小限のプロダクトを考えることと似ています.課題をシンプルにして,検証を繰り返してみる.小さく始めて,早めに取り組んで失敗すれば失敗であることに早く気づけて次に繋がる,成功しても次に繋がる.
多分,研究はその繰り返しなんじゃないかなと思います.何度かやってみて結果が出たらそれについて他の人に共有する.そしてフィードバックをもらって,ほかの気づきと出会ったり,次の研究の材料にする,その繰り返しなんじゃないか,とAACでの発表・質疑応答を通して思いました.
プロダクト開発の話,知見が研究にもそのまま生かせそうだとこの頃考えています.キーワードとしては,Be Lazyやエッセンシャル思考,サーバントリーダーシップ,エンパワーメントあたり.
研究や実験を小さく行い,仮説と検証を繰り返すこと,誰かの障害となっている事柄を見つけ,能力を引き出せるように支援することが,これらの文脈に関係していると考えています.
この大学だからこそ取り組めること,環境があるとこの一年で気づきました.このことに2,3年のときに気づけていたらどれほど良かったか.
とくに研究会を聴講,そして発表してからこのことをよく体感して,研究することの面白さ,探究することの楽しさに気づきました.
なので,
AAC,WITその他研究会・学会に参加しよう
そして発表しよう
院進しよう(これは自分へのメッセージでもある)
本研究を始めたきっかけ-RSGT2023のOSTから始まった研究
そもそもなんでこの研究が始まったのか.
Agile開発の技術カンファレンス,RSGT2023が今年2023年の1月にありました.1日目に登壇をしたあと3日目のOSTで耳栓ワークショップなるものをやってみました.詳細は下記の記事をご覧ください.
記事の最後の方に,この登壇,またOSTなどを経てこれから考えたいことをはっきりと言語化しています.
およそ1年前,このOSTで,思った以上に聴者とろう・難聴者のコミュニケーションがとれない,とくにろう・難聴者が会話に入りにくいような印象を受けました.
個人差はあるでしょうが,心なしかいつもより静かで,音声認識しているものの誤字脱字があったりしたまま会話を続けていたため,果たして正確に内容を掴めているだろうか,どうだろうかと気になっていました.
つまり,最初こそ物珍しく音声認識結果を投影したモニターを見ていましたが,盛り上がると見なくなり,間違っていたとしても気づかず見向きもしない,難聴者らがそれを見ていることにもあまり気が付かない,その繰り返しで,会話の修復がなされないまま,わかっている人はわかっている,わからない人はわからないまま会話が続いていく,これって,ろう・難聴者と聴者が混じるチーム,グループでの会話,対話で,どこでも起きている問題なのではと考えました.
わからないことをわからないと伝えるのは心理的安全性(関係性や立場の違い)が低ければ難しいですし,盛り上がっていたらわかっているふりをするというのが人間としての振る舞いじゃないでしょうか.
音声認識アプリは情報保障ツールとして価値がありますが,それより価値がある,大事なのは人間自身,個人と個人との対話なのでは.
どこかで見たような一文です.
そんな気づきを,RSGTに同席していた先生に話したら研究してみよう!と提案いただき,共同研究,野良研究として研究が始まりました.
そこでの研究の過程で学んだこととしては,
何が問題なのかをシンプルに簡単に本質的な要素を取り出す
その問題を解決するような仮説はなにか
実験を行うとしたらどのような構成にするか,どういうパターン,手法を試すか
実験の整理,分析
定量的な分析による数値は言葉より説得力を持つ,直感とデータの傾向は意外と一致しない
定性的な分析として,行動の言語化や客観的に何が起きていたかを観察する,考える
やったこと,取り組んだことを何も知らない他人に話すために資料・説明の表現を工夫する
図や表の説明はわかりやすく,口頭で説明しにくい図は作らない.
伝えることはシンプルに.読みやすくわかりやすく.
伝えたいことを短く,見やすく,聞きやすく(カラーアクセシビリティなど)
まず発表の骨格となる大見出しをつくり,部位になる小見出しだけをつくる
あら不思議.ざっくりと全体の構成を作ることができるので,発表の流れのイメージがスムーズにできる.
もちろん,特別研究でも似たようなことは学んだのですが,とくに下記が大きな学び,何か考えるときの材料が増えました.
どんな場面を考えるか
定量的な分析については,数値で示している事柄が,直感的に思ったことと反していることや裏付けとなることがあること.つまり数値は良くも悪くも状況を示す.
人前で研究について説明をするときの工夫や考えるべきこと
また他の発表や質疑応答を聴講して学んだ,今後気をつけることです.
表現は正しく用いる
ポインターは赤いポチや目立つものにする
通常の矢印カーソルはわかりにくい.大抵文字とカーソルは黒色.
スライドの図にカーソルを当てた時にどこを見て欲しいか分かりやすく伝えられる
いきなり具体的な話に入るのではなく抽象的な概念から伝える
自分の研究を具体例として,概念のフォーマット,項目に埋めることで,全体の構造がわかりやすくなる
さいごに
以上,コミュニケーション,グループ対話における情報保障について研究を行い,その成果をAACで発表した経緯について,当事者研究は良いよ!研究してAACやWITで発表・聴講しよう,院進という旨書きました.
あと複数の指導教員のもと研究していると,考え方が異なりそれぞれの教員の興味範囲や得意分野の考え方がアプローチに出てきていて非常に良いコミュニケーション,思考体験となったような気がします.上手く言えないんですが,人が違えば言うことや考え方が違うんだなあと,当たり前のことではありますがそのことを実感したのでした.
通常,特別研究一件のみでずっと同じ教員から指導を受けることになると思います.
変わるとすれば院進するタイミング,研究室を変えるタイミングでしょうか.
複数の教員から指導を受けるとそういう差分が見つかり,自分がどういうコミュニケーションが好きでどういう風に考えるのかが,いくつかの視点から見えるようになったことが大きな収穫でした.
ああ,もっと研究したい.
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