見出し画像

文楽の旅 『日高川入相花王』 日高川、道成寺、蛇塚

初春公演の帰りに、道成寺へ行った。
道成寺は和歌山県日高郡日高町にあり、紀伊半島のさきっちょに近いため、これだけのために東京から直行するのはかなり難易度が高い。しかし、文楽劇場の昨年の夏休み公演で『日高川入相花王』渡し場の段が上演された際、コスミさんが「ここから2時間くらいですね〜」と無の表情でおっしゃっていたので、大阪公演のついでにサクッと行けるのではと画策。初春公演のあとに後泊し、足をのばしてみることにした。


1. 南海なんば駅

画像1

文楽劇場付近のホテルに泊まっていたので、難波から出発。
コスミさんの口ぶりでは結構近いような印象だったが、実はそもそも大阪から和歌山へ行く特急は1時間に1本しかなく、その先の乗り継ぎも考えると出発時間の制約がめちゃくちゃきついということに当日の朝気づいて焦った。コスミふざけんなと思った(責任転嫁)。
JRは特急の本数が少なく、出発・到着時間の制約がきついため、出発時間を早めて有料特急非使用ルートで行くことに。なんばから南海特急サザン(普通車は追加料金なし)で和歌山まで行き、和歌山からJRで和歌山→和歌山市→御坊→道成寺と乗り継いで、最安料金の1,920円で道成寺に着くことができた。所要時間は2時間40分ほどだった。(JR特急くろしおルートで行くと2時間04分/3,560円)。
正月休み最後の日に大阪→地方への路線なので、Uターンで混んでいるかと思ったら、そうでもなかった。


2. JR道成寺駅

画像2

道成寺駅は無人駅で、ものすごい静かな場所だった。駅前は完全に無人。もう少し観光化しているのかと思ったが、お店等はなく、駅の前はいきなり民家な場所だった。
道成寺で降りたのはカジュアルな服装の中年男性1人と私だけで、その方はおしゃれな服装だったため観光客かと思ったのに、近所の人だったらしく、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
印象的だったのは、数十年時が止まっているであろう古めかしい駅舎内に飾られた、不思議なアート。興味深かった。詳細は後述。

画像3


3. 日高川

画像4

道成寺へ行く前に、日高川を見に行ってみることに。
道成寺駅から道なりに15分程度、こじんまりした静かな町の中をしばらく歩いていくと、視界が開け、日高川の堤防に出た。大きく空が抜けた気持ちのよい空間、古びて錆びついた鉄橋。時々ものすごいスピードで通り過ぎてゆく車(ザ・地方の車社会)。ほとんど人がいない風景。荒涼としている。
日高川は道成寺自体が川の河口に近い場所にあるため、川幅(河川敷)はたいへんに広かった。水深は浅く、歩いて渡れそう。人間はもとよりお人形さんでも渡れるかもしれない。
ただ、川岸に引っかかった流木等を見るに、増水時はかなりの位置まで水が来るようだ。
広大な川岸では簡易に整備されたグラウンドでは、近所の人がスポーツをしたり、いぬさんぽをしたりと、のびのび過ごしておられた。
なお、渡し守はいなかった。
↓日高川から道成寺側を見た風景。白い煙突の向こう側に道成寺がある……んだったと思う。

画像5


4. あんちん

画像6

日高川を満喫したら、道成寺へ向かう。
道成寺の前はささやかな門前町風になっていて、観光客を当て込んだお土産屋さんや、ちょっとした食堂が細い道の両脇に並んでいる。歩いている人はほとんどおらず、静かな雰囲気。
おなかがすいたので、食品模型の並んだショーケースに「安珍寿司」(青魚の押し寿司)という率直なメニューがあった「OTERA MAE RESTAURANT ANCHIN」というお店で昼ごはんを食べることにした。
外見は、観光地によくある、団体さんも入れる系の大きな食堂。店内に入ると、道成寺縁起絵巻をモチーフにした絵画などが飾られていて、いかにもそれっぽい内装。
安珍寿司にしようかと思っていたが、店内メニューを見ると「安珍丼」という気になる品名が。メニューに写真がなかったので店員さんに聞いてみたら、「鳥のミンチのあんかけです」。あんかけ×ミンチ=あんちん、ということ……??? 若干怖い。安珍寿司との整合性のなさが若干気になるが、注文。
結果、出てきた料理はとても美味しかった。盛り付けも丁寧で、調理がかなり綺麗。地元向けの会席や仕出しもやっているようなので、通常の宴会料理等で鍛えた腕なのかも。
店員さんもサバサバ系で過ごしやすく、かなりおすすめ。メニューの種類も麺や丼ものなどのフランクなものから、コース的なシッカリした料理まで、結構あります。
しゃれたウェブサイトもあります。

あと、レジがipadなのと(レジを打ってくれるのは80代くらいのおばあちゃん)、店内に飛んでいるフリーwifiが「anchin」なのが良かった。
安珍もまさか21世紀になったらwifiとなって飛ばされるようになるとは思いもよらなかっただろう。清姫が最近の娘さんだったら、秒で接続したと思う。

画像7


5. 道成寺 山門

画像8

道成寺絵巻そのままの門構えだった(当たり前)。
石段サイドの石畳部分が上にいくほど幅が広がるように作られているそうで、錯覚で実際より傾斜がマイルドに見えるらしい。
ちなみに、階段〜仁王門〜本堂は直線上に作られているそうだ。神社などの場合、魔物が侵入しないよう、わざと曲がり角を作っているところもあるが、「観音様が参道(集落?)を見てるよ……💓」というコンセプトによるものらしい。
↓ 仁王様もいるよ。

画像9


6. 本堂

画像10

山門の構えや集落の規模に比較して境内はかなり広く、綺麗に整備されている。

画像11


7. 三重塔

画像12

1F〜2Fと3Fで工法が違うそうだ。(屋根の裏の、しいたけの笠の裏のひだひだみたいな部分が、3Fのみ視覚的効果の高い工法らしい)


8. 安珍塚

画像13

清姫に巻きつかれて燃えた安珍と鐘が葬られているという塚。ぐねぐねした木が生えていた。


9. 入相桜

画像14

え!? まじで入相桜っていう木があったの!?!?!? 
いま生えているものは二代目入相桜だそう。正直な申告。初代は大正時代に折れたそうで、いま生えているのはその後から生えてきたヤツだとか。大昔はここに鐘楼があったそうだが、いま現在、道成寺に鐘楼はない。
木の前にパネルが置かれており、文楽の『日高川入相花王』の舞台写真が飾られていた。

画像15


10. 宝仏殿

画像16

写真は宝仏殿の近くにいたねこ。
国宝や重文の仏像は宝仏殿に所蔵されている。仏像をおさめている宝仏殿とは別棟として、法話用?のお堂もあった。そこには古今東西の道成寺ものの舞台写真パネルや絵画がビッッッッッッッッッッッシリと飾られていて、すごかった。歌右衛門等身大パネルとか、かなり圧があった。ほとんどが舞踊か能だったが、文楽も数枚混じっていた。文楽劇場が奉納したらしいもの2点(人形黒衣)と、人形出遣いで紋壽さんが遣っている1点。ご本人の奉納かはわからなかった。ほかには玉三郎の京鹿子娘道成寺のDVDが延々と流されており、スペシャルプライスで販売されていた(関係者価格?)。近所の人が拾ったという長〜〜〜〜〜〜〜〜いへび風の流木も飾ってあったり、統一感のないごたごたぶりが親戚の家のようで、良かった。
希望すればお坊さんが道成寺絵巻の絵解きをやってくれるようだったが、全然人がいないなかでひとりでお坊さんのお話を聞く心意気がなかったのと、結構話が長そうで、万一帰りの電車に間に合わないと東京へ帰れなくなるので、希望しなかった。しかし絵解きを聞かなければ道成寺縁起絵巻は複製ですら見られないようで、失敗したと思った。

宝仏殿では国宝の十一面観音立像、日光菩薩・月光菩薩などをゆっくり見られた。解説の人もいないので自分のペースで静かに観られるし、像までの距離も近くてじっくり拝観できる。
それにしても、こんなひなびた場所にこんな壮麗なものがと思うけど、大昔はこの近辺も栄えていたのだろうか。
帰りに、道成寺の縁起が載ったパンフを売店で購入。


11. 蛇塚

画像17

「じゃづか」と読むらしい。
蛇になって日高川に身を投げた清姫を葬った場所とのこと。道成寺の近所にあるというgooglemap情報を頼りに行ってみたら、「ここ、民家の敷地では……?」みたいな場所にあった。塚の前に車が停まっていて、見えなかったよ……。
周囲の町中は細く深い水路を水が流れていたり、そこを柑橘類がどんぶらこしていたりと、風情がある。近所の人しか来ないような場所だったためか、いぬに吠えまくられた。

所要時間は、日高川・食事・道成寺・蛇塚をゆっくり回って2時間半程度。電車があまりに少なく暇すぎたので、帰りは道成寺から御坊まで歩いてしまった。それでもまだ時間が余った。
歩いている途中の風景。のどか。

画像18

余談。JR道成寺駅に飾られてる「道成寺縁起絵巻」を描いた現代絵画。宮崎在住の画家・島嵜清史さんの作品。めちゃくちゃ良い!!! 清姫が最後まで可愛いのが良い。化け物になりきらない感じが文楽っぽい。お土産で絵はがき化とかしてないかなと思ったけど、特になかった。作って欲しい。

画像19

画像20

画像21

画像22

画像23

画像24

おみやげに買った、道成寺名物つりがねまんじゅう。店頭で焼いたものを1個づつから売っていて、できたてでフワフワしており、美味しかった。

画像25


さきほど買ったパンフを電車の中で読んだら、道成寺ものの出演者コメントとして咲さんが載っていた。屋外上演はマイクだからやりづらかったという素直な話だった。素直すぎ。
お寺で売ってるオリジナルパンフ、かなり好きだが、道成寺のパンフも関西独特のサービス精神に溢れていてとても良かった。基本、お寺の詳細や宮古姫伝説などをイラストや写真をたくさん使って丁寧に説明してあるんだけど、もともと荒唐無稽みの強い道成寺縁起絵巻になると、稚児による意味不明のボケツッコミ(蛇になった清姫を「へん」とdisるなど)が展開されていて、味があった。

画像26


きのくに線の車窓からはみかん畑がたくさん見えた。昔、青森へ行ったときも、車窓から果てしなくりんご畑が見えて、「本当にりんごをたくさん栽培してるんだ!!!!」と感動したが、和歌山も本当にみかんをたくさん栽培していているのだと感動した。野菜の無人販売所やお土産屋さんでもみかんがたくさん売られていて、近所の人向け価格なのか、とても安かった。このあと大阪まで戻って新幹線に乗らなければいけないので、さすがに買えなかった。

道成寺、ちょっとだけ観光化しているけど、しすぎていなくて、普通の町で、よかった。のんびりできるし、おすすめ。お土産屋さんや食堂の人、お寺の人も、近所の商店街の八百屋さん感覚で接してくれるので、過ごしやすい。しかしとにかく交通の便が悪い。白浜とかと抱き合わせにしないと、そうそうは来られない場所だよなあと思った。


MAP


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?