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文楽の現場#3 文楽の映像を観る〜国立劇場視聴室の使い方

国立劇場には劇場施設のほかに「図書閲覧室」「視聴室」という資料収集施設が併設されている。

「図書閲覧室」は閉架式の図書館で、公演プログラムをはじめとした国立劇場の出版物や古典芸能関連の図書を蔵書している。一般の図書館にはない私家出版の資料や戦前のパンフ・チラシなどの珍しい資料も現物を閲覧できるので、文楽関連の調べ物ではかなりお世話になっている。資料閲覧や複写の手続きが簡単で冊数制限等も厳しくないので、国会図書館や都立図書館より便利。『義太夫年表』や有名研究書、近年の名人の芸談本などの基礎資料は開架に出ているので気軽に閲覧可能。また、そのとき公演している演目の資料は特集として一時的に開架に出され、自力では見つけられないような意外な資料の存在を知ることもできる。

一方、「視聴室」は国立劇場主催公演の記録映像を視聴できる施設。文楽は根幹となる公演が国立劇場・国立文楽劇場の主催公演なので、ここに過去の公演がほとんど集約されているといっても過言ではない。ただ、文楽公演の場合、国立劇場開場すぐの頃はあまり公演の撮影を行っていなかったようで、昭和期は撮影有無状態がまちまち。映像がなく、録音のみの場合もある。平成ひとけた代後半以降は全公演の映像が保存されており、観賞教室の解説を含めた様々な舞台映像を鑑賞することができる。

今回の記事では、この視聴室の使い方を解説する。

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1 観たい公演を決める

視聴室の利用には、鑑賞希望作品の申し込みを含めた事前予約が必要。一般の図書館のように「行ってその場で気分で適当に選ぶ」ということができない。そのため、まず、観たい公演を決める必要がある。

今回は、『一谷嫰軍記』熊谷陣屋の段で、人形の熊谷次郎直実役を初代の吉田玉男師匠がつとめた回を探すことにする。NHKから出ているDVDで昭和62年朝日座公演のものを鑑賞することができるが、より晩年のものを観たいというのが希望。実は目的(演目やどれくらいの時期のものか)が明瞭なら、視聴室の方にお願いして映像を見繕ってもらうこともできるのだが、自分で事前に調べておくほうがいい。

国立劇場の主催公演は、「文化デジタルライブラリー」の「公演記録を調べる」から検索ができる。

トップページから「公演記録を調べる」→「文楽」→「演目で探す」を選択。ここで五十音表の「く」を選び、表示された演目名の中から「熊谷陣屋」を選ぶと、国立劇場・国立文楽劇場の「熊谷陣屋」全公演が検出されるので、その中から国立劇場の公演を選んで開く。公演の詳細ページから人形配役の欄を確認。「吉田玉男」となっているものがあったら、「視聴覚資料」タブを開き、録画の有無を確認する。時間・カラーorモノクロが表示されていれば映像が保存されており、視聴室で鑑賞することができる。昭和期だと録画がないことも多いので注意。平成も初期は録画がなく、録音のみである場合がある。

「有」だった場合、公演の「公演コード」「公演名」「開催期間」をメモっておく。また、予約時に何時間利用するかも聞かれるので、収録時間も確認しておき、観るのに何時間かかるかもチェックして計画を立てておく。

ちなみに、国立劇場視聴室では文楽劇場の公演の映像を観ることはできない。文楽劇場だと国立劇場の記録映像も取り寄せ対応してもらえるらしいが、国立劇場から文楽劇場の映像を取り寄せることは出来ないのだ。なんでやねん。


2 予約の電話をする

行きたい日時、観たい公演が決まったら、視聴室に電話をして予約を取る。電話番号は国立劇場のウェブサイト、視聴室のページに書かれている。また、利用上の注意も書かれているので、事前にあわせて読んでおく。
予約・利用にあたって最大のハードルとなるのが、開室日の制約。平日の10:00〜17:00までしか開室していない。第3水曜日は20:00まで開室するのと、第2日曜日は臨時開館する措置が取られているけど、一般会社員はかなり使いづらい。土曜開室などの措置を取ってもらえると、公演に行くついでに寄りやすくなってありがたいのだが……。

予約は前日までに行う。早いもの勝ちで、早く予約すると個室を取ってもらえる。個室は結構広くて、 8〜10畳程度の空間に大型モニタ・タワー型スピーカー、ダイニングテーブルのような大きなテーブル・椅子2脚(予備椅子あり)が置かれていて、かなりゆったり観ることができる。個室が埋まっている場合はパーテーション式の小ブースでヘッドホンを使っての視聴になる。パーテーションブースは一般図書館の視聴覚ブースや、漫画喫茶のオープンスペースと同様の仕様になっている。
個室は2室、パーテーションブースは4席。だいたいいつも空いてるんだけど、余裕のある場所じゃないんで、どうしても利用したい場合は早めに予約したほうが良い。オフィスの一室でひっそりやってるような、小さいところなので……。

予約の際、以下のことを聞かれるので、準備しておく。

・希望日時(何時から何時までかも)
・名前(複数人で観たい場合は個室を取る必要があるので、その旨も)
・電話番号
・観たい公演(ジャンル/演目名/公演期間/公演コードなど)

観たい公演がはっきり決まっていれば、
「文楽の『一谷嫰軍記』熊谷陣屋の段で、公演コードはYD1-99、平成4年の5月公演」
のように伝える。このように鑑賞希望公演が明確であれば、その場で在庫を確認してくれて、視聴可否の回答がもらえる。もっと漠然としていて、視聴室の方にお任せをしたい場合は、
「文楽の新口村で、できるだけ古い映像を」
等の条件を伝えると、それに見合ったものを当日用意してくれる。
古典芸能の演目名等は一般的には特殊な知識だが、視聴室の人は結構わかっているので、いろいろ対応してもらえる。「新口村」の人形演技を確認したくて映像を探していたときは、「人形の演技を確認したいので、映像がある公演で、できるだけ古いものをお願いします」とお願いしたところ、たまたま東京にディスクが来ていたらしい文楽劇場公演の映像も出してもらえた。

また、希望しておけば、鑑賞希望の公演のプログラムもあわせて準備しておいてもらえる。プログラムがあると、配役確認がかなり便利になる。

予約時にも注意を受けるが、予約制・予約時間から課金される有料制の施設のため、予約時間に行けなくなった場合は遅刻orキャンセル連絡が必要なので、視聴室の電話番号は控えておく。


3 当日 国立劇場本館裏手 入館受付

視聴室は国立劇場本館に入っているが、劇場施設とは別個、職員の方の執務スペースや関係者の稽古場といった関係者以外立ち入り禁止スペースにあるので、受付が必要。国立劇場本館裏手、楽屋口の左側の扉から入り、守衛室で入館の受付をする。入館バッジを渡されるので、身につけておく。
受付をしたら視聴室のある本館3階へ上がる。完全にバックヤードで、普通のオフィス(昭和の)を歩いていくことになるので、ちょっと緊張。通りすがりの職員の方が「おはようございます」と挨拶してくれる。興行世界ではやっぱり本当に「おはようございます」が挨拶なんだなと思いました。私は稽古場利用者ではないですけど……。
ほんとにただのオフィスの廊下なので、どこに視聴室があるの?と思ってしまうが、視聴室の前には「視聴室」という札が立っている。


4 荷物を預ける

視聴室に入る前に、荷物を整理。視聴室内は荷物の持ち込み不可、携帯電話等も持ち込めない。飲食物も不可。筆記用具・貴重品を除く荷物は、視聴室前の廊下にあるロッカー(会社のロッカー的な簡素なやつ)に入れる。100円玉リターン式。入館バッジの番号で視聴室の受付を行うので、バッジはロッカーへ入れないよう、注意。


5 視聴室受付

受付の人に名前を言って、受付書類に記入。入館バッジの番号、名前、住所、電話番号等を記入する。所属を記入する欄もあるが、書くのはおそらく関係者だけじゃないかなあ。視聴室、内部職員や出演者らしい人が時々いてはりますので。仕事用途でなければ、記入なしでも大丈夫だと思う。依頼しておいた映像資料に相違ないか確認し、取ってもらったブースへ案内してもらう。再生機器の操作はここで説明してもらえるので、よく聞いておく。


6 鑑賞

メディアは、昭和〜平成初期のものはVHS(ベータもあったかな〜?忘れた)、平成10年代以降はブルーレイ。
VHSはだいたい1演目(各部)、ブルーレイは1公演(昼夜通し)で収録されている。
当然ながらVHSは映像がボヤボヤで、人形目当ての場合、衣装や髪型の細部、引き目の方向は残念ながらほとんどわからない。また、配役がテロップ表示されないので、事前に配役を調べておく必要がある。
ブルーレイは平成10年代のものでも結構鮮明、衣装の細かい刺繍もちゃんと見えて、市販DVDよりキレイに思える。近年のものは本当に綺麗で、人形遣いさんがかいている汗もはっきり写っている。人類の技術の発展を感じる。また、ブルーレイにおさめられているものは冒頭に配役一覧が表示されるので、便利。
音については個室だとタワー型スピーカー(BOSE)、ブースだとヘッドホンで聴くことになる。いずれも結構いい音。VHSでも音がかなり綺麗で、三味線の低音も結構しっかり入っている。個室での大型モニタ+タワー型スピーカーでの鑑賞の場合、正面から均等に音が流れてくると文楽的に不自然なので、私は左のスピーカーの音をちょっと抑えめにして、右から音が聞こえてくるようにしています。スピーカーの左右音量の調整っていままであんまり意味を見出せていなかったけど、こりゃ便利じゃと思った。

室内は飲食禁止・携帯電話持ち込み禁止なので、何か飲みたいとか、携帯をチェックしたい場合は一旦外に出なければならない。お手洗いのほか、昼食や休憩で一旦出ることも可能。


今回は、初代玉男師匠が熊谷を勤めた平成4年5月公演(VHS)と平成15年2月公演(ブルーレイ)、そして平成27年5月の二代目の玉男さんの襲名公演(ブルーレイ)の映像を観た。

平成4年公演はたいへん端正で凛々しい雰囲気の熊谷。VHSの映像はボヤボヤで目線などの細かい部分はわからないが、所作の精緻さや扇の扱いの流麗さが桁違いのうまさ。初代玉男師匠の舞台を観たことがある方は全員「(ほかの人とは)全然違う」と力説するが、それがよくわかる。映像で観てここまですごいのだから、本物は驚異的なものだったのだろう。所作は人間の動きをトレースしたものではなく人形独特の方向を目指しているように思われ、ポーズが変わる瞬間や動作の最初などのかしらの繰り方に微妙なアクセントがあり、そこが人形らしい怜悧さになっているのだが、これはほかの人には絶対真似できないなと感じた。玉志さんが時々謎な感じにピョコってるのはこの影響なのか……?

平成15年公演ではご本人がだいぶおじいちゃんになっているので、そこまで人形も「ピンッ!」とした動きではなくなっているのだが、かわりに熊谷の苦悩や諦念、優しさといった内面がより克明になっていた。そういう抽象的なものはなかなか出せないものだと思うんだけど、ずっと観ていると、人形が何度生まれ変わっても(何度上演されても)必ず子どもを殺す運命にならざるを得ない苦しみに苛まれているように思えて、こちらまで悲しい気分になってきた。あとは、相模への対応が平成4年の公演よりこちらのほうが優しい印象になっている。首実検で首桶の蓋を開けたとき、中身に驚いて相模が駆け寄ってくるところ、DVD化されている昭和62年公演や先述の平成4年公演では相模の腹を突いてうずくまったところを足の裏(というか、長袴の平らになっている部分)で踏んで抑えているのだが、この公演だと相模のひざ下を払って転倒させ、熊谷が自身のひざで抑える形になっている。そのあと階へ突き落とすところも、過去の公演ではかなり明確に蹴り飛ばしているが、この公演では相模が自然に落ちるような演技になっている。この公演の相模役は紋壽さんで、過去の公演の文雀さんより若妻風の可愛らしい感じなので、相手に合わせているのかもしれないけど、今月の東京公演の玉志さんもこの方法をとっており、他の箇所も同様にされていたので、晩年はこういう方向で演技を組み立てられていて、玉志さんもそれが良いと判断してそうされたのだろうかと思っている。

床は、平成4年・15年とも切が豊竹十九太夫(アンド清治サン)。この人、いまはいないタイプの上手さ。幅を持たせるところや間の取り方が独特で、品格にも独自のものがある。声楽に向いてそうな感じの声質というか……。聞いていて面白かった。

参考に、平成27年の二代目玉男さんの襲名公演も観たが、熊谷の体幹がごん太すぎて、すごすぎて、すごいと思った。よく見ていると人形が若干腰を落としていて重心を低くしているときがあり、武術の達人的な姿勢になっているのでごん太に見えるのかなと思ったのだが、いつもそうなわけではなく、別に普通にしている部分でも体幹ごん太いので、一体なぜあんなに人形が体幹ごん太に見えるのか、不思議。確かに人形が物理的に異様に安定していて、余計なブレが本当に一切ないというのはあるのだが……。と、体幹ごん太に気を取られすぎましたが、演技的には晩年の玉男師匠のそれと完全に同じというわけではないですね。どちらかというとお若いときの演技のほうに近いかもしれない。


7 清算

観終わったらメディア類を片付け、受付に返却して料金清算する。
料金は予約開始時間から起算して30分ごとに50円で、たとえば2時間25分利用だったら250円。今回のように3時間予約していても2時間半など途中で帰る場合は、そこまでの時間で清算される。中途半端な時間の場合は係の人が適宜決めてくれる。

あとはロッカーから荷物を回収し、1Fの守衛室に寄って入館バッヂを返却、退出手続きをするだけです。


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という感じで、視聴室は使い方がわかればとても便利な施設。

NHKからDVD化されているものはどうしても有名な人の人気演目になってしまうので、そこから漏れている人や演目はなかなか観られないが、視聴室だと分け隔てなく保存しているので(鑑賞教室等のダブルキャストの場合、両方撮影していることもある)、「こんな上手い人がいたんだ!!」という発見もある。

おもしろいのは、同じ演目を何公演かいっきに観るという経験ができること。尼が崎、新口村、熊谷陣屋でそれをやったのだが、人による演奏・演技の違いがとても面白い。
人形は、同じ人でも、時期によって演技が微妙に違っていたりする。初代玉男師匠が光秀を勤めている尼が崎を何本か観たけど、光秀の出の場所が現行と違うときがあったのが面白かったな。光秀、いまは下手の奥側から出ますけど、屋台の裏から出ているときがあった。出のところの詞章が「夕顔棚のこなたより現れ出でたる」だから、夕顔棚のある屋台側から出てみるという試みだったのだろうか。
そして、丁寧な人は丁寧だし、雑な人は雑だということがはっきりわかる。雑な人は本当に雑。こんないい役もらっといてこの程度でいいと思ってるのかと感じてしまうこともある。残酷ですが……。
それと、時代による人形の衣装の違いも面白い。陣屋でいうと、時代によって相模の打掛がちょっと違ったりする。いまは結構ギラギラなのを着ているけど、少し前だと着物と同じグレーの打掛で、楚々とした感じ。それと、自前なのか、いまとは違うかしらを使っている人がいたり。大江巳之助さんのものとは違うのかなという独特の表情をしている相模がいた。新口村の梅川の衣装も、時代によっては妙に派手な人がいて、「そんな格好で逃避行とかありえんやろ!」とは思うけど、面白い。人形遣いの違いっていうか、その時代時代に誂えていた衣装の違いなんだろうなとは思いますが。あとは、着付けの違い。襟をかなりざっくり見せる+裾の内側を若干はだけさせることで、衣装自体ではなく、着付けで派手に見せている人がいたり。個々の人形遣いさんの工夫が感じられて、面白い。


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