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夏の風物詩

 

 夏が近づくとよく売れるものの一つに花火専用の小瓶がある。花火に小瓶をかざし、瓶の真ん中に花火が来たところで蓋をしめる。そうして小瓶に閉じ込めた花火で夏を楽しむのだ。閉じ込められた花火は、ひと夏咲いて枯れていく。

 

 これは、そんな花火の楽しみ方が生まれてしばらくした頃の話。


「おじいちゃん、来たよー」
ここから1時間足らずのところにある大学に通う孫が、他の家族より一足先に我が家に到着した。
「おう、よく来たな。暑かっただろう?」
そう言って孫の八重を出迎える。冷蔵庫から麦茶を出してやると、八重は美味しそうにそれを一気に飲み干した。
「んー、おいしい!」
化粧を覚え、流行りの服を着て大人びても、そういう顔は昔のままだ。
「そうだ、これおみやげ。おじいちゃんの好きなやつ!」
「これはまたずいぶんおしゃれな水ようかんだな」
お土産の袋を開けてみれば、涼しげなカップの中に水ようかんとフルーツ寒天が二層になって輝いていた。
「今年はちょっと自信あるんだ!」
「去年はあんみつみたいな水ようかん持ってきてくれたっけなあ?ばあさんが複雑な顔しとった」
あんみつ好きな家内と、水ようかん好きな自分のために、どこで見つけたのか寒天の代わりに水ようかんを賽の目に切ったあんみつを買ってきてくれたのを思い出す。
「あれは・・・甘かったね。おばあちゃん、何も言わなかったけど麦茶、がぶ飲みしてたもん。今年はちゃんと味見して買ってきたから安心して!」
つまりは、味見にかこつけて、一人で食べたんだなと思うと自然と笑いがもれる。
「あと、今年はこれも!」
そう言って八重が取り出したのは、今流行りの花火の小瓶だった。それもまるで業者が作ったような立派な花火がそこにはあった。
「大学のサークルで参加したイベントでね、目の前でフィナーレの花火が上がるって聞いて、頑張って取ってきたんだ。売り物みたいにきれいでしょ?」
「・・・ああ、八重は器用だな。とってもきれいだ。きれいだけども・・・じいちゃん、それあんまり好かんのだよな」
複雑な思いで苦笑いをする。
「じいちゃんの若い時は、浴衣来て、家族や友達や恋人同士で、屋台のもの片手に花火見上げるもんだったから」
「はいはい。初めてのデートは花火大会だったんだよね」
昔話を始めると八重はぴしゃりと話を遮る。
「なんだよ、そんなどうでもよさそうに・・・」
少し面白くない気持ちになって、八重をみる。
「そんなことないよ、好きだよ。その話。話してるときのおばあちゃんが、もう可愛くて可愛くて」
八重はそう言って、笑う。自分たちの時代がそうだったから、では片付けられないほど時代は変わった。自分たちの当たり前はもう孫の世代では過去のものなのだ。
「・・・今じゃ、花火大会の会場の席は業者の人間ばかりで、一般の見物人はおちおち花火も楽しめんもんな」
「まあ、きれいな花火は高値で売れるからね。私にはとても手が出ないよ」
八重は手元の花火を見つめてつぶやく。
「もう、花火を見て楽しむって言葉の意味すら変わっちまったのかもしれねえな。瓶に閉じ込めた花火は、写真みたいなもんだ。一瞬で散るからきれいなもんもあったのに・・・」
「そうかもしれないね」
それだけ言うと八重は小瓶を持ったまま立ち上がり、隣の部屋へと続くふすまを開けて仏壇の前に座った。そしてコトリと花火の小瓶を仏壇に置く。
「でも、もう一緒に花火を観に行くことのできない人と、ひと夏一緒にこうやって花火を見られるようになったってことだけは、幸せじゃない?」
八重は振り返ってニッと笑った。


 
 思えば昔から、努力家で優しい孫だった。そうか、その花火はわしら2人のためにわざわざ取ってきてくれたのか。さっきは器用だと褒めたけれど、八重は決して器用な子ではない。きっと、その花火を取るために、何個も小瓶を使ってくれたんだろうと思う。お土産の水ようかんも、いっぱい悩んで見つけてくれたんだろう。そういう子だ。


「あっ、お母さんたちももうすぐ着くってよ。皆が着いたら一緒に迎え火?焚こうね。おばあちゃん、きっと待ちくたびれてるよ」
「ああ、そうだな。・・・ありがとうな。八重」

家内を亡くしてから、なかなか流せずにいた涙を静かに流して、孫のくれた優しさと並んで家内を迎えた。




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