あめ玉

1つは私に。1つはキミに。

いつでも仲良くはんぶんこ。それが幼稚園に通っていた頃の私たちの当たり前。

桜が咲いた。中学に入って2度目の春に、今年もキミと違うクラス。

私は1つため息をついて、図書室の窓からサッカー部のグラウンドを見下ろした。小学生の頃からサッカーを始めたキミは、夢中になればなるほど、どんどん私の元を離れていく。幼馴染なんて、実は1番遠い存在。担任の先生の方が身近なくらい、ありえない距離感。

学年も変わってキミはとうとうレギュラーになった。すらりと背も伸びて、顔つきも男の子っぽくなって、女の子に人気があるのも知っている。久々に交わした挨拶の、キミの声の低さに驚いた。キミは1人で変わっていってしまう。



「はぁ……」
カウンターに戻り頬杖を着くと同時に、またため息が出た。誰もいない図書室のカウンターに、図書委員の男の子と2人きり。彼には先週好きだと言われた。やせた身体、声変わりもしていない声に、詩をつむぐような告白。1年の頃からお互いに図書委員で、何かと気を使ってくれる彼のことは嫌いじゃない。でも、口からはあっけないほど簡単に『ごめんなさい』と言葉があふれ出た。彼はまるで断られるのを解っていたように頷いて笑った。
「茅野さん、いつもサッカー部の奴見てるもんね」
知られているなんて夢にも思わなかった。それだけ、私の目線は見る人には露骨に映るのかもしれない。


「幼馴染はそんなに遠い?」
彼は椅子の上で器用に胡坐をかきながら、私を横目で見ている。
「遠い」
私は頬杖をついたまま、彼の質問に答える。先週も告白された後、こんな風に話しをした。でも先週だけじゃない。好きな本や食べ物、休みの日にはどこに行って何をして……委員会の当番の日にはいつもそんな風に話をしていた。もしかしたら幼馴染のことより彼のことの方が解るかもしれないと思ったほどだ。
「へぇ。解らないな」
「トシはサッカーに夢中だから。きっと私のことなんて思い出さない」
「……」
「昔は何度も大好きって言って、その度にあめ玉を1つトシにあげたんだ。お揃いだねって笑いながら2人で食べたの」
「……」
黙っている彼から視線をはずし、ポケットに手を入れる。指先には2つのあめ玉の感触。その1つを手にとって、掌に乗せて彼に差し出す。彼は黙って受け取った。もう1つのあめ玉を掌に載せて眺め、そのままポケットにしまう。
「覚えてると思うよ」
あめ玉を2本の指でつまみ、それを目の位置まで持ち上げ、眺めながら彼はポツリと言葉を紡ぐ。
「柳田も、忘れてないと思うよ。俺は本が好き。こういう静かな場所探してそこで過ごすのも好き。それは俺的に絶対譲れない」
彼はそこであめ玉から私に視線を移した。クォーターの彼は薄い茶色の瞳をしていて、じっと見られるといつも吸い込まれそうになる。
「でも、茅野さんも好き」
私は吸い込まれないように、ただ静かにうなずいた。
「柳田もきっと同じ。サッカーが好き。練習が好き。でも茅野さんも好き」
「そんなわけないじゃん」
私は即座に否定する。トシとは最近では目の合ったときにしか挨拶もしない。なんとなく話しかけられない、オーラが出てる。
「茅野さんが気づいてないだけ」
「だって……」
「サッカーに近づいて、茅野さんから離れた分、柳田は取り戻せないだけだと思うよ。先週振られてから柳田を睨みつけるように見ててそう思った。サッカー馬鹿な分、そういうところをどうにも出来ないだけだよ」
「……」
彼と話をしていると本当にそうなんじゃないかと思わせられる。
「でも……」
「きっかけさえあれば、きっと変われる。茅野さんがそのきっかけを作ればいいんだよ」
「……どうやって」
眉間に皺がよる。考え事をするときの私の癖。彼がふっと笑う気配がして、顔をそちらに向ける。手にはさっき私があげたあめ玉。
「簡単なことでしょ?」
にこっと笑って私の手にあめ玉をのせた彼の顔は普段より幼く見える。
「行っていいよ。どうせ誰も来ないから」
「でも、……いいの?」
彼は私を好きだという。私も彼を嫌いじゃない。振った後も変わらず付き合って話をしてくれる上に、こんな風に背中を押されると彼の優しさが伝わってくるようで躊躇われる。
「まぁ、複雑ではあるけど……好きな子に、目の前でグラウンド見下ろしてため息つかれるよりは笑っててもらった方が嬉しいかな」
子供のように笑う彼に心がくすぐられる。きっと私の顔はいろんな意味ですでに真っ赤だ。ちょうどそこに部活終了のチャイムが鳴った。
「行ってらっしゃい」
彼は、もう1度そう言って私を送り出す。「ありがとう」と言葉にして、私は図書室を飛び出した。

サッカー部の練習が終わってから、トシは必ず自主練する。
「お疲れー」「またなー」と生徒が1人、また1人と帰る頃、トシはグラウンドに出てきた。サッカーボールの脇にしゃがみこんだ私を見て、驚いている顔が見える。一直線に駆け寄ってくるトシを見ながら、ポケットに手を入れあめ玉を握り締めた。ギュッと目を瞑ってありったけの勇気をかき集める。目を開けてみるとトシは既に私の目の前に立っていた。
「志穂じゃん。こんなとこで何してんだよ、今日図書委員だろ?」
トシにそう言われて図書室の彼の言葉を思い出し笑いがこみ上げてくる。
「よく、知ってるね」
見上げてみると、トシが気まずそうに顔を赤くしている。立ち上がり、さっき握りしめたあめ玉を2つポケットから取り出した。

1つは私に。1つはキミに。
「大好き」
その時の彼の顔はきっと忘れられない。

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