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言葉は違えど

学生時代の清掃アルバイトから今日に至るまで、ふと疑問になったことがある。
それは、人にされた行為に対して、

「ありがとう」ではなく、

「すみません」という言葉だ。

当時20歳の僕は、大型商業施設でキャラクターカートの清掃アルバイトをしていた。そこで、子連れの母親から頻繁に言われる言葉が「すみません」である。この言葉に対して少しもやもやとした気持ちになった。

「なぜ、人に対してされた行為をネガティブな表現で返すのだろうか。」

「『すみません』じゃなくて『ありがとう』の5文字が変われば、相手も自分も気持ちがいいはずなのに。」と。

この疑問に対して、1度、母親に疑問を投げてみた。

すると、母親は

「感謝はしているんだけど、『すみません』って言っておけば、謝罪の意味でも通じるし、感謝の意味としても通じるからなんだよね。だから、ポジティブな行為に対してもそういってしまうんよ。」と言った。

つまり、本来「すみません」という言葉が、こうも便利扱いされた言葉で、物ごとを済ませている。さらに、された側としては「自分が相手にしてきた行為がネガティブな行為だったのか?」と、もう一度考えさせられるようになり、しまいには相手に何かされることがほとんど無くなっていくことも過言ではない。

言葉は違えど、同じ5文字。便利扱いされた「すみません」の5文字ではなく、「ありがとう」の5文字にさえ言い方が変われば、相手も自分も嬉しい気持ちには少なくともなるのではないか。また、「迷惑をかけてしまった」ことを、その言葉で何もなかったかのように自分の心へ埋めていくのではなく、迷惑がかかるのは誰にだってあるが「手を差し伸べてくれた相手の気持ちを無駄にしないこと」こそが大事ではないのか。

だから、人から何かをされた時は

「すみません」

ではなく、

「ありがとう」

の5文字に変えてみよう。そんな心境をここに書き残してみました。


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