何処までもやせたくて(79)かりそめの彼氏


タクシーに乗り込み、運転手に行き先を告げると、
Eクンは、私が食べられるものを聞いてきた。

母親に会うよりは、まだマシだから、何か食べようと思うけど、
何を食べたらいいのか、わからない。

「できるだけカロリーが少なくて、脂っこくなくて、ヘルシーな感じで・・・」
「たとえば、商品名で言ってくれない?」
「うん、わかった」

いくつか、商品名を挙げてみたものの、正直、できれば何も食べたくない。
イライラとともに、申し訳ない気持ちになりながら、ある妥協点に気づいた。

「この際、ヘルシーっぽいものなら何でもいいよ。
ただ、カロリー表示のあるものにして!
それなら、安心して食べられるから」

300キロカロリーまでなら、食べていいことにしよう。
それくらいなら、そんなに、太らずに済む。

自宅の近くだというコンビニで、車を降りるEクン。

車内にひとり、取り残された私に、運転手がいきなり、
「いい彼氏だね」
話しかけてきた。

「最近の若い男って、女の子に優しくなったって、よく聞くけど、
ここまで想ってくれるのって、なかなかいないんじゃない?
大事にしなきゃダメ、だよ」
「・・・あ、いえ・・・その・・・」

どう説明すればいいんだろ。
高校の同級生で、妹の彼氏にすぎないのに。
でも、説明し始めると、いろいろ聞かれそうだしなぁ。

私が何も言えずにいると、
「あ、ゴメン、体調よくないんだよね?
ゆっくり、休んでて」
向こうから、話を打ち切ってくれて、ひと安心。

いい彼氏だね、か・・・
たしかに、Eクンがこんなに優しくて、頼りになるなんて、
高校時代、片想いしてた頃も思ってなかった。
恵梨のヤツ、うまくやっちゃって。
でも、もし、あの頃、私が告白してたら、どうなってたんだろ・・・

いや、Eクンは恵梨に、私のこと、
一時すごくやせたこと以外、印象がない、って言ってたんだっけ。
告白したとしても、フラれてたのがオチか。

それなのに、今はこんなに心配してくれてるってことは、
私、そんなにひどい状態に見えるのかな・・・

あとで時間があったら、私を心配してくれる理由、きいてみたい。

窓を叩く音がして、Eクンが隣の席に戻ってきた。

「大変だねー、この天気じゃ、ちょっと外に出ても、ずぶ濡れだから」
と、運転手に同情され、
「この天気、まだ続くみたいですよね」

「回復するのは、明日の朝になるらしいよ。
新幹線も運転を見合わせてて、今夜はもう動かないかもしれないんだってさ」

えっ、新幹線が動かないって、どういう意味?
それじゃ、母親が帰ってくれないじゃない。
どこまで、私、ついてないんだろ・・・

Eクンの部屋で少し休んだら、泊まれるところ、探さなきゃ。
ホテル代とか、ケチってる場合じゃない、よね。
だけど、もう限界。
これ以上、歩くのも、考えたりするのもイヤだ。

マンションに着くと、降り際に、運転手が、
「さっきの話だけど、ホント、大事にするんだよ」

一瞬、意味がわからなかったけど、
「いい彼氏」を大事にしろ、という意味だと気づいた。
Eクンがもし、本当に彼氏だったら、泊まる場所、探す必要もないのに。
いっそ、今晩、泊めてもらえるように、頼んでみようかな。
恵梨には、悪いけど・・・

いや、悪いっていうか、私、サイテーな女だ。
いったい、何考えてんだろ。
でも・・・

Eクンなら、いいよって言ってくれるかもしれない。


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