何処までもやせたくて(54)凍えているのは・・・


どうしよう。凍死しちゃうよ。

そのとき、誰かの手が、私の背中に触れ、
「どうしたの? プールから上がりたいの? 
手伝おっか?」
女性の声だ。

「・・・はい、お願いします」
お尻を下から、押し上げてもらい、なんとか、プールサイドに上がることができた。

「ありがとうございます」
お礼を言いながら、その人を見ると、30歳ぐらいで主婦っぽい雰囲気。

その瞬間、あれっ? と思った。
私を見つめる表情が、さっきのオバサンと同じ。

そして、
「あなた・・・大丈夫なの?・・・」
言葉まで、そっくりそのままだ。

何なの? この偶然。

あ、でも、さっきと違って今は、こんな状態だから、心配されても仕方ないか・・・

「大丈夫・・・だと思います。
なんか、風邪でもひいたのか、寒気がして、体にも力が入らなくて。
ジャグジーで、温まってみますね。
ホント、助かりました」

お辞儀をして、ジャグジーへと向かう。
足が重くて、力が入らないけど、水の中を歩くよりは楽。

ジャグジーに入った瞬間、助かった、という気がした。
お湯の感触が、めちゃめちゃ気持ちよくて。
しばらく浸かってると、氷のようだった手や足にも、少しずつ温かさが戻ってくる。

浴槽に当たってる背中や腰が痛いけど、これはイヤな痛みじゃない。
脂肪が少なくて、やせてる証拠だから。
ジャグジーの水流に、体が負けてふわーっと浮くのも、なんかいい。
体重が、軽い証拠だもん。

プールで泳ぐより、このほうが気持ちいいな。
本当はもう、運動なんてしたくない。
こうやって、漂ってるのが好き。
なんとなく、自分の存在が軽くなり、透明に近づくみたいな気がして。

そういえば、子供の頃、空を飛べるって、本気で思ってたっけ。
人間が空を飛べない、って知ったときは、泣きたいほどショックだった。

浮遊感への憧れ。
私って、昔から、そういうものが強いみたいだ。
でも、今はそれをちょっぴり味わえてるかも。
このままずっと、お湯の中で漂っていたいな。

・・・!?

ちょっと待って。
私、こんなことしてる場合じゃないんだ。

よけいに食べた分、ちゃんと消費しなきゃ。
もう少し温まったら、また歩きに行こう。

そのとき・・・
隣りで、ざぶんという音がして、
「どう? 体の調子、よくなった?」
さっき、助けてくれた人だ。

「あ、先程は本当にすみませんでした。
なんか、体が冷えてただけみたいで。
ジャグジーに浸かってたら、すっかり回復しちゃいました。
また、これから、プール入って来ますね」

その瞬間、少しとがめるような顔になり、
「何、言ってるの?
あなた、さっき、倒れる寸前だったのよ!
顔色だって、今もよくないし、それに・・・」

その人は、そこで口をつぐんだけど、なんとなくわかる。
どうせ、やせすぎだって言いたいんでしょ。

でも、止められて、正直、ホッとした。
カロリー、消費できないのも怖いけど、あんなつらい目に遭うのも怖い。
カロリーは、散歩とかでも消費できるけど、
もし、また、あんな状態になって、助けてくれる人がいなかったら・・・

「わかりました。
そうですよね。
やっぱ、大事をとっておいたほうが。
それに、スポーツクラブさんの管理ミスなのか、今日の水温、やたらと冷たいし」

「えっ!?」

その人は、きょとんとした。

「そう・・・かしら。
最近ではむしろ、温かいほうだと思うけど。
外の気温だって、今日は30度超えるみたいだし」

「あれ、そうでしたっけ?」
そう言い返しながら、私も思い出した。

今朝、テレビの天気予報で、
「今日は、8月並みの暑さになりそうです。
もう10月中旬というのに、真夏日になるかもしれません。
ホント、どうなってるんでしょうね」
なんて、言ってたこと。
だったら、プール行っても安心だな、って思ったこと。

実際、プールのほうに目をやると、みんな、普通に泳いだり、歩いたりしてる。

でも、私には、真冬の海みたいだ。
凍えているのは・・・私だけ?

私の体、どうなってるんだろ・・・


#小説 #痩せ姫 #拒食 #ダイエット



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