何処までもやせたくて(43)食欲と絶交するために


彩華ちゃんの涙に負けて、いやいや、口にしたワッフル。

おいしい!
ワッフルって、こんなにおいしかったっけ?

それに・・・
なんだか、懐かしい。
久しぶりに、こういうもの、食べたからかな。
なんていうか、全身がふわふわと甘ーい空気に包まれたようで、
子供時代に戻ったみたいな、不思議な気分。
大げさじゃなく、夢の中にいるのかも。

「先生、おいしい?」
「うん、おいしいよー。
こんなおいしいワッフル、生まれて初めてだもん。
これ、ものすごく高級なんじゃない?」

夢心地のまま、感想を言うと、
「別に、普通のワッフルだと思うよ」
彩華ちゃんは、そっけなく答え、
「先生、ダイエットばかりして、お菓子とか食べないから、
よけいにおいしく感じただけだよ」

その言葉に、夢は醒め、一気に現実へと引き戻された。

そうだ、ダイエットしてたんだ。
なのに、こんなもの、食べちゃうなんて。
絶対、太る。
どうしよう。

そんな気持ちもお構いなく、彩華ちゃんは、
「よかったら、私の分も食べる?
このワッフル、うちにまだ五個ぐらいあって、私はそっちを食べればいいから。
先生が食べたのはプレーンだけど、こっちは抹茶味だって。
先生、和風が好きって言ってたよね」

ちょっと、待って。
1個食べただけでも、後悔しまくりなのに、もう1個なんて、無理だよ。

でも、
「持ち帰れば、いいんじゃない?」
と、言われ、心が動いた。

だって、こんなおいしいワッフル、もう一生、食べられないかもしれないし。
賞味期限を見たら、あと二日ある。
そうだ、それまで絶食して、そのご褒美として食べればいいんじゃないかな。
ダイエットもできて、おいしいものも食べられて、一石二鳥ってやつ。

「じゃあ、持ち帰らせていただくとしよっかな」
「うんうん、そうして。
うちのお母さんも先生がやせてること、心配してるから、安心すると思うよ」

たしかに、彩華ちゃんのお母さんは、私の伯母の友達だから、
安心させておくに越したことはない。

一時間遅れで、授業を終え、二階の彩華ちゃんの部屋から、一階のリビングへ。

「お母さん、今日は先生、お菓子食べてくれたよ。
すっごく、おいしかった、って」

弾んだ声で報告する娘に、彩華ちゃんのお母さんも、
「本当? よかった。まあ、お粗末なものですけど」

たしかに、安心したような笑顔を見せてくれたけど・・・
そのあと続いた言葉は、一番聞きたくないものだった。

「先週よりお顔の色もいいし、ちょっとふっくらされたみたいね」

えっ! それって、私が太ったってこと?
いや、太ったのは事実だから、仕方ない。

先週は、27.7キロという自己ベストを叩き出した直後で、
その分、体力も落ちたのか、
彩華ちゃんの部屋への階段が、死ぬほどきつかった。
これじゃ、やばいと思って、無理して食べた結果、1キロ近く太ってしまって。
体は少し楽になったものの、やっぱり、人目でわかっちゃうほどの太り方なんだな。

「ものすごくおいしくて、感激でした。
ありがとうございます。
また来週、いつもの時間にうかがいますね」

あいさつだけして、外に出て、
駅に向かって早足で歩く。
せめて、さっきのワッフルの分だけでも、今日中に消費しなきゃ、と、必死で考えながら。

そうだ、とりあえず、ふた駅前で降りて、歩くことにしよう。
あとは、半身浴をいつもの二倍、二時間はやることにして。
なるべく、寝ないようにすればいい。

ところが・・・
ふた駅前で降り、改札を出た途端、
鼻をつくような、飲食物のニオイ。
急行も停まるその駅は、ショッピングモールとつながっていて、
改札のある階は、飲食店のフロアになっている。

これまで何度か降りたとき、気分が悪くなったのを思い出した。
たとえ何も食べないにしても、ジャンクなニオイに包まれただけで、
自分が汚れてしまいそうな気がして。

でも、今日はどうしちゃったんだろ。
ラーメンやハンバーガーのニオイには、相変らず、気持ち悪さしか感じないのに、
クッキー屋さんの前を通ったとき、ふと、気持ちよくなって。

バニラエッセンスの、甘ーい香り。
なんだか、懐かしい。
さっきのワッフルを食べたときと、同じ心地よさ。

ってことは・・・ここのクッキーも、あれくらいおいしいのかな。


#小説 #痩せ姫 #拒食 #ダイエット



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