何処までもやせたくて(49)続・なみちゃんの怒り


トイレに入る気配のあと、すぐに水を流す音がして、
その音は、何度も繰り返された。

数分後、気まずそうな表情で戻ってきたのを見て、
「もしかして・・・?」
「うん、戻しちゃった。
我慢しようと思ったんだけど、どうにもならなくて。
トイレの中、汚さずにしておいたからね。
・・・って、そういう問題じゃないよね。
ホント、ごめんなさい」

「いや、そんなことは気にしなくていいけど・・・・
大丈夫? のどとか、痛くない?」
「あ、その点は大丈夫。
もうすっかり、慣れっこだからさ」

ようやく、笑顔。
それが私を心配させないためのものだってことは、伝わってきたけど・・・

「そっかー。
でもさぁ、こんなこと言っちゃ何だけど、ちょっぴりうらやましいよ。
私、食べ過ぎたときとか、何度も吐こうとしたんだけどさ。
なんだか、吐けない体質みたいで」

「それ、どういう意味?」

一瞬、怪訝な顔をしたあと、大きな目をさらに見開き、
私をじっと見つめる、いや、にらみつけるなみちゃん。
まずいこと言ったかも、と気づいたものの、あとの祭りだ。

「吐けるのがうらやましい、って、どういう意味?
そりゃ、痛みとかはそんなにないけど、
吐く前は、めちゃめちゃ気持ち悪いし、吐いたあとは、すごい罪悪感だし、
そんな私のことが、うらやましいなんて・・・どうかしてるよ!」

「そ、そんなつもりじゃないけど・・・
ほら、私、ダイエットしてるじゃない。
最近、過食気味だから、そういうときにね、いっそ、吐ければいいのになって、
ちょっと思っただけで・・・」

「だから、その発想がおかしいって思わないの?
そこまでやせて、まだやせたいとか、そのためなら、吐いてもいいとか。
絶対、ヘンだよ。間違ってるよ。
いったい、どうなりたいの?
もう、わかんなくなっちゃった。
苦しんでる私がうらやましい、なんて、
そんなこと言う人だとは、思ってもみなかったから・・・・・・」

涙声が、号泣となり、あとは沈黙。
涙も、言葉も出ず、途方に暮れる私。

それも、当然だ。
やせたくないのに、食事を戻すようになってしまって、病院に行くほど苦しんでる友達に、
うらやましい、なんて言ってしまった。

自分がやせたくて、吐けたらいいな、って思ってたから。
自分のことしか考えてない、サイテーな人間だから。

それからどれくらいの時間がたったのだろう。

「そろそろ、バイトの時間だから、私、帰るね」

と言いつつ、台所へ行って、後片付けをしようとするなみちゃんを、
「それは私が、あとでやるから。
お願い、それぐらいは自分にやらせて」
あわてて制止したものの・・・

「さっきは、ヘンだとか、間違ってるとか、ひどいこと言ってごめんね。
自分が吐くようになって苦しいもんだから、被害者意識ばかり強くなって、
気持ちがイライラしちゃってるんだね、きっと。
本当に、ごめんなさい」

先に謝ったのも、なみちゃん。
しかも、私ときたら、
「ううん、こっちこそ、ごめんなさい」
って、ひとこと返すのが精一杯で。

「これからも、必要なときがあったら、いつでも呼んでくれていいからね。
それじゃあ、さよなら」

最後の言葉にも、ホッとさせられた。

だけど・・・
ひとりでやりとりを振り返るうち、不安がどんどんこみあげてくる。
やっぱり私、嫌われたのかも。
「必要なときがあったら」ってことは、そうじゃないときは付き合いたくない、という意味にも取れるから。

いや、きっとそういう意味だ。
人間として軽蔑されても当然なこと言っちゃったんだから、仕方ないよね。
どうしよう、唯一の友達のなみちゃんに見放されちゃったみたい。

気がつくと、パソコンを開き、あのスレ主さんを捜していた。


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