何処までもやせたくて(37)ガリガリな脳


「何、やってんだ!
今、俺が出したの、万札だろ?
釣りがこんだけって、ぼったくりバーかよ?」

お客さんの怒号。
わけがわからなくなり、どこで間違えたのか、必死に考えるけど・・・

そこに、追い打ちをかけるように、
「だいたい、あんた、そんな体でよく食べ物屋で働けるね。
正直、こっちは見てるだけで、食欲無くすんだよ。
ファミレスにいるより、病院で寝てたほうがいいんじゃね?」

その言葉で、ますますパニックになった。
なみちゃんと店長が来てくれて、正しいお釣りを渡し、
お客さんをなだめてくれなかったら、その場で泣き出していたかもしれない。

しかも、その男性は去り際に、私の体をまじまじと見て、
「いつまでこの子、使う気? 
やせすぎて、脳にも栄養行ってないんじゃねーの?
頭の中も、ガリガリだったりして。
まぁ、俺もちょっと言い過ぎたけどさ。
このままだと死んじゃうぞ」

店長のほうに向かって、そう言い残し、そのまま店外へ。

私はホッとしながらも、どこでどう間違えたのか、まだわからずに、
レジの横に立ち尽くしたまま、ボーっと考えていた。

ようやくわかったのは、レジの数字をひとつ打ち間違えたために、
頭の中でもやっていた計算と合わなくなり、
そのあせりから混乱をきたしたのだろう、ということ。
でも、お客さんが飲食したのは、980円のランチだけだから、
一万円札を出されて、お釣りがいくらかは、小学生でもわかるはず。
何分も、レジで立ち往生するような問題じゃない。

どうしちゃったんだろ、私。

でも、もっとつらかったのは、こんな子供じみたミスをした私を、
店長がひとこともとがめず、それどころか、
「上がりの時間まで、あと十五分か。
少し早いけど、今日はここで終わっていいよ。
お疲れさま」
優しくねぎらってくれたことだ。

これって・・・私が半人前で、そういうミスをしても仕方ない人間だって、
そう思ってるからだよね?

そういえば、最近は、今日ほどじゃなくても、ミスが多くなっていて、
そのたび、店長は怒るというより、困った顔で私を見る。
以前、なみちゃんがこっそり教えてくれたけど、
私がそのうち倒れちゃうんじゃないかと、不安に思ってるみたいだし、
そのうえ、こんなに使えない子じゃ、どうしようもないもんね。

おかげで、決心がついた。

「すみません。
最近、ちょっと疲れてて。
今日も、変なミス、しちゃったし。
学校の勉強とかもけっこう忙しくて、バイト、やめさせていただけたら、と思って。
あ、今すぐじゃなくていいんです。
補充のメドが立ってから、とかでいいんで・・・」

自分としては、ものすごく勇気の要る言葉だったのに・・・

店長はあっさり、
「そっかー。
うん、そういう事情なら、仕方ないよね。
補充のことなんて、心配しなくていいから、
これを機に、しっかり休んで、疲れをとったほうがいいよ。
ここ一ヶ月で、またやせちゃったみたいだし・・・
うんうん、そうしたほうがいい。
僕としては、残念だけどさ」

その表情は、ちっとも残念そうじゃなかった。
むしろ、ホッとしてる感じ。

でも、そういう私だって、神妙な口調の裏で、
解放感に似たものがこみ上げてくるのを、抑えられず・・・

これで、ダイエットに専念できる。
あとはカテキョのバイトだけだから、体力なくてもできるはずだし。

そのときふと、さっきのお客さんの言葉がよみがえってきた。
「やせすぎて、脳まで栄養行ってないんじゃねーの?
頭の中もガリガリだったりして」

そんなはずはない。
バランス考えながら、最低限の栄養は摂ってるんだし。
今日のミスは、ただの偶然。
カロリーブックの数字、ほとんど暗記できちゃうくらいだから、
頭が悪くなってなんかないよ。
カテキョぐらい、続けられるはず。

必死に言い聞かせながら、帰る準備をしていると、
「お疲れさま」
なみちゃんが、声をかけてきた。

「やめちゃうと、今までみたいに会えなくなるね。
でも、ちょっぴり安心。
このまま、ここのバイト続けたら、いつかは倒れると思ってたから」

私も、なみちゃんとは、バイトやめても、友達でいたいな。

それを言ったら、
「ホント? よかったぁ。
じつはね、ちょっと相談したいこともあるし、今度の土日とか、会えないかなぁ」

普通の友達だと、食事のことが気になって、会うのも躊躇しちゃうところだけど、
なみちゃんは、特別。
私のダイエットも心配しながら、そっと見守ってくれてるくらいだから。

それよりも、相談って何だろ・・・
学年は同じでも、年齢は1コ上のお姉さんだから、
相談したりするのはいつも私のほうで、相談されるのは初めてだ。

「うん、いいよ。私なんかで役に立てるといいんだけどなぁ」

こうして相談してくれるのは、私の脳がガリガリじゃないからだよね?
そう考えることで、少し元気が出たけど・・・


#小説 #痩せ姫 #拒食 #ダイエット



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