何処までもやせたくて(38)なみちゃんの受難


待ち合わせ場所に行くと、なみちゃんはもう着いていて、文庫本を読んでいた。

まだ15分前なのに。
相変らず、律儀だなぁ。
でも、表情とか、態度とか、やっぱり元気がない。

それは、店を選ぶときにも感じられた。

何も食べたくない私が、
「お昼どきだけど、お腹すいてないんだー。
ここなら、お茶だけでもいいし、軽い食事もできるから」
と、カフェに誘ったら、
「いいよ。私も最近、食欲なくってさぁ」

たしかに、最近のなみちゃん、また、前みたいに食が細くなってきてる。
私とは反対に、太りたがっていて、一時はかなり頑張って食べてたみたいだけど。
「夢の40キロ台になれた」って言ってたから、逆ダイエット、やめたのかな。

でも・・・
食欲のなさ、ひいては、元気のない理由はもっと深刻だった。

しばらく雑談をしたあと、なかなか本題に入ろうとしないなみちゃんに、
「それで、相談ってどんなことなの?」
私が、その話題を振ると、
「うん、そうだよね、その話をするために、時間取ってもらったんだもんね」

なんとなく、話しにくそうな雰囲気。

それでも、数十秒後、思いつめた顔になり、意を決したように、
「じつはね、電車のなかで、私に触ってくる人がいるの」

「それって・・・痴漢ってことだよね?」
「うん。
・・・ほら、私、夏休みから、別の学校に行ってるでしょ。
そこに行くときの電車の中でなんだけどさ」

法学部の学生で、弁護士を目指しているなみちゃんは、
最近、司法試験の予備校にも通っている。
なるべく早く合格するには、今から準備しておかなきゃいけないらしくて。
その通学途中での話、みたいだ。

「隙を見せてしまった私も、いけなかったんだけどね。
子供の頃からやせすぎてて、手足を露出するのがイヤで、そういう格好避けてたのに。
ちょっと太ったら、ノースリーブとかミニスカとか、抵抗がなくなって。
でさ、車両を変えたり、電車をずらしたりしても、すぐに見つけられちゃうの。
そういうのが、一ヶ月近く続いてて・・・」

それって、痴漢なうえに、ストーカーでもあるってことじゃない?

「助けを求めたり、駅で相談したりしてみた?」

私の問いに、なみちゃんは首を横に振り、
「それも考えたけど、やっぱり、できないなって。
その人、四十代くらいの、ちゃんとした会社員って感じなんだよね。
痴漢がばれると、会社やめさせたりするかもしれないし。
奥さんやお子さんもいるなら、その人たちたちが苦労することになるでしょ。
だから、私が違うエリアの学校に変えることも考えてみようかな、って」

一瞬、唖然。
そんなひどいことをされても、相手のことを心配するなんて・・・

そういえば、弁護士を目指す理由も「不幸な人の支えになりたいから」って言ってたっけ。
被害者はもとより、加害者にもやむを得ない事情があったりするから、
そういう人たちのことも、しっかり考えてあげなきゃ、って。

「なみちゃん、優しすぎるよ。
そういう優しいトコ、大好きだけど、そんな人にまで優しくすることはないんじゃないかなぁ」

思ったことを、口にしただけだった。
なのに・・・

なみちゃんは、目を伏せ、しばらく黙り込んだあと、
「優しくなんかないよ!!」

その口調には、出会ってから今まで、聞いたこともないような激しさが。

そして、大きな目を涙でいっぱいにしながら、
「大事な友達が、ダイエットでやせすぎて死にそうになってるのに、止めようともしないんだよ!
生きてるのが不思議なくらいの状態なのに。
何か言って、嫌われるのが、自分が傷つくのが怖いから。
そんなの、優しさじゃない! 
私、これっぽっちも優しくなんかないもん!!」

最初、誰のこと言ってるんだろ、って思ったけど、
少しして、私のことだってことに気づいた。
なみちゃんに、そんなつらい思いをさせてたなんて・・・
申し訳ない気持ち。
でもなぜか、鬱陶しさを感じている自分もいる。

そのまま、沈黙。
正確には、なみちゃんの嗚咽だけが聞こえる時間が流れ・・・
5分、いや、10分くらいたっただろうか。

「やっぱり、何か食べてみない?
たくさん食べなくてもいいから、ちょっとでも栄養摂ったほうがいいよ。
私も、今回のことで、またやせちゃって、40キロ切っちゃったから、
そろそろ、頑張って食べなきゃって思うんだー。
今日、悩み事を打ち明けたことで、けっこう楽になれたし。
ねっ、何か食べようよ!」

拒否したかったけど、あまりにも真剣な雰囲気に圧され、
きのこの和風パスタと、海鮮サラダを注文してしまった。

パスタは三分の一でやめたけど、300キロカロリーくらい摂ってしまったかもしれない。

それから、一時間くらいおしゃべりしたけど、私はうわの空。
食べ過ぎてしまった後悔と、早く帰って体重と体型をチェックしなきゃという焦り。

すっかり元気をなくした私に、別れ際、
「さっきは無理に食べさせちゃって、ごめんね。
でも、お願いだから、家でもちゃんと栄養摂ってね。
バイトやめちゃうと、なかなか会えなくなるから、本当に本当に心配なんだー」

なみちゃんの心配は、伝わってきたものの・・・
私の中ではもう、申し訳なさより、鬱陶しさのほうが完全に上回っている。

しかも「頑張って食べる」と言ったなみちゃんは、
「うーん、やっぱりダメだな。
なんか、胃がムカムカして来ちゃった」
とか言って、結局、私より食べていなかった。

どうしよう。
なみちゃんが、このままやせていったら・・・
いや、ただでさえ、やせやすい体質の彼女が悩み事を抱えていれば、
やせていくに決まってる。
そんな子に「もっと食べなきゃ」って言われても、頭に来るだけだよ。

その一方で、悩み事をなんとかしてあげたい気持ちもあって・・・
でも、それだって、彼女にこれ以上やせられたくない、という身勝手な願望の裏返しかも。

自分の心の醜さが、つくづくイヤになる。
そして、こんな気分にさせたなみちゃんのことも。

もう、彼女ともあまり会いたくないや。
だけど、唯一の友達を失えば、私は本当に一人ぼっちになってしまう。

体重もやっぱり、朝より1キロ近く増えていて・・・
そのまま朝まで、寝つけなかった。


#小説 #痩せ姫 #拒食 #ダイエット





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?