何処までもやせたくて(78)幻の段差


「これからすぐ行くから、詳しい場所、教えて!」

Eクンの返信。
この嵐の中、そこまでしてくれるなんて・・・
でも、甘えちゃいけない。
元・同級生で、相談相手とはいえ、妹の彼氏なんだから。

電話をかけ、その気持ちを伝えると、
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょ。
とにかく、行くから!
あ、そっち行ってから話すけど、恵梨ちゃんのことは気にしなくていいからね」

正直、ホッとした。
このまま、ひとりでいるのは怖すぎる。
誰か、そばにいてくれないと、狂いそうで。

でも、私が母親から逃げ回ってること、知ってるのかな。
まさか、母親に私を探すよう頼まれてて、ここに一緒に来る、なんてことはないよね?

30分後・・・

ひとりで来たEクンの顔を見た瞬間、全身の力が抜けた。
なんとなく、任せていいような気がする。
母親と会う、という最悪の事態さえ避けられれば。

二言三言、会話を交わしていると、店員さんが注文を取りにきた。

「すみません、すぐに出ちゃうと思うんで・・・
この、持ち帰りの焼売、お願いしていいですか」

なるほど、私はウーロン茶しか頼んでないし、
Eクンが何も頼まなかったら、失礼だもんね。
でも、すぐに出る、って、どういう意味なんだろ?

「事情はだいたい、恵梨ちゃんから聞いたけど、
やっぱり、お母さんとは会いたくないの?」

私がうなずくと、
「じゃあ、病院、行く?
足の怪我だけでも、診てもらったほうがいいんじゃないかな」

「それも、イヤだな。
それにもう、診療時間、過ぎてるでしょ。
救急で行くほど、ひどくないと思うし」

「じゃあ、どうしたいの?」
「あと2時間、どこかで時間、つぶせたら・・・」

「そっか。
・・・だったら、うち来る?」

ビックリして、Eクンの顔をまじまじと見つめると、
「いや、変な意味じゃなくて・・・
顔色とか、ハンパなく悪いし、ろくに食べてないんじゃない?
このまま、ほっとくわけにはいかない気がしてさ。
恵梨ちゃんからも、お姉ちゃんのこと守ってあげて、って言われてるしね」

言葉じゃなく、涙が出てきた。
自分に対する情けなさやら、そこまで思ってくれる嬉しさやら、
いろんなものが混ざってて、なんの涙かわからないけど。

「本当に、行ってもいいの?」
「うん。
そのかわり・・・いや、なんでもない。
タクシーなら、10分ぐらいで着くから。
ちらかってるし、狭い部屋だけど、ここよりは休めると思うよ」
「ありがとう。
あ、ここの会計とタクシー代は、私が出すから」

この際、節約がどうとか、言ってる場合じゃない。
それにしても、言いかけてやめたこと、いったい、何なの?

焼売ができあがり「それじゃあ、行こうか」と、Eクン。
立ち上がろうとした瞬間、足首に痛みが走ったけど、さっきほどじゃない。

大丈夫、これなら歩けそうだ。

私がなんとか歩けることを見届けた上で、Eクンはタクシーをつかまえるため、外に出た。

会計を済ませ、私も外へ。

3歩ほど、足を進めたところで・・・
・・・!?・・・
体のバランスが崩れ、地面に、右半身を激しく打ちつけた。

転んじゃったんだ。
右のひじが、しびれるように痛い。
前ばかり見て、段差に気づかなかった自分が悪いんだけど。

気配に気づいて、戻ってきたEクンに、照れ笑いしながら、
「あ、大丈夫だよ、ちょっと転んだだけだから。
こんなとこに、変な段差があるなんて、うっかりしてた」

「段差なんて、どこにもないでしょ」
「えっ!?・・・」

後ろを振り向くと、たしかに、段差はない。

じゃあ、なんで転んだの?
右ひじをさすりながら、Eクンを見ると、
呆然とした顔で、私を見ている。

「あのさ、さっき言おうとして言わなかったことなんだけど、
うちに着いたら、何か食べることにしない?」
「・・・・・・」

どうしよう。
そんなの、予定外だよ。
もし、Eクンの前で、過食が始まったりしたら・・・

呆然としてた顔が、優しいけど深刻な顔に変わってる。


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