何処までもやせたくて(47)優しいなみちゃん


目が覚めたら、パソコンの電源が入れっぱなしになっていた。

そうか、私、消さずに寝ちゃったんだ。
大学、行かなきゃ。

でも、時計を見ると、午後三時を回ってる。
今から行っても、意味ないや。

・・・不思議なことに、ショックより、ホッとした思いが強い。
大学に行くのは、往復するだけでもしんどいから。

とりあえず、パソコンをいじりかけ、あわててストップ。
あの書き込みは、しばらく見たくない。
スレ主さんが、どういう反応をするのか気になるけど、
確かめるのは、もう少し落ち着いてからじゃないと。

そのかわり、なみちゃんにメールすることにする。
彼女なら、さっきのこと話しても、優しく聞いてくれるかもしれないし。

「元気? 私はかなり落ち気味ー。
昨日はカテキョ、今日は大学、サボっちゃったよぉ」

軽い気持ちで打ったのに、深刻な伝わり方をしたみたい。
なみちゃんはメールではなく、ケータイに電話をしてきて、
「大丈夫? 体調、よくないの?
私、これから半日ぐらいはヒマだから、家まで行こっか?」

「ううん、そこまでしてもらわなくてもいいよ。
体調よりも、気持ちの問題だしさぁ。
今度、会ったときに話してもいいようなことだし」
「だけど、バイトも学校も休むなんて、よっぽどのことなんじゃない?
とにかく、顔見ないと心配だから、行くね」

その勢いに圧されたのと、やっぱり話を聞いてもらいたいという思いもあって・・・

でも、一時間後に到着した姿を見た瞬間、
断らなかったことを、少し後悔した。
食材らしきものが入ったスーパーの袋を、手に持っていたから。

それと、なみちゃん、またちょっとやせた気がする。

痴漢のことで、まだ悩んでるのかな。
3月に初めて会った頃より、やせてるかもしれない。
ってことは、体重も37キロより減ってることになる・・・

そんなビミョーな胸のうちを悟られないよう、
「ホント、ごめんね。
わざわざ来てもらうほどじゃないのに。
ちょっと落ち込んでるだけで、体調とかは問題ないんだけど」

目一杯明るい調子で言ったのに、
なみちゃんは、怖いくらい真剣な顔で、
「問題ないようには、見えないよ。
顔色、真っ白だし。
今日は、何か食べた?」

突然、聞かれたものだから、
「えっ? 今日はまだ・・・ずっと寝てたしね・・・
あ、野菜ジュースは飲んだけど・・・」
正直に答えてしまった。

「だったら、何か食べようよ。
空腹のままだと、気持ちもさ、上がれるものも上がれないよ。
雑炊とかなら、食べられるかな。
なるべく低カロリーにするから」

どうしよう。
過食衝動と闘って、なんとか1キロ減らしたのに、また太っちゃう。
いくら低カロリーだといったって、炭水化物は怖いよ・・・

でも、拒否はできない。
好意で言ってくれてることが、痛いほどわかるから。

「うん、じゃあ、頂くことにするね」
「ホントに? よかったぁ」

満面の笑顔を見て、これでよかったんだ、と、自分を納得させてみる。

「それで・・・いったい、何があったの?」
「じつはね・・・」

なみちゃんにうながされ、ここ一週間ほどのあいだに起きた出来事を話した。
ワッフルの一件に始まって、過食との葛藤、ネットで知り合った新しい友達、
そして、あの不安をかきたてる書き込み・・・
さらに、体型や体調について、親には嘘をついてることも。
そのうち、自分がどんどん悪い人間に思えてきて、
涙が溢れ出し、呼吸まで苦しくなって・・・

ひと通り聞き終わると、なみちゃんはふーっとため息をついた。

「話してくれて、ありがとう。
体も心も、つらかったんだね。
今まで気づかなくて、ごめん、ホントに。

でも、自分のこと、そんなに責めないで。
たしかに、もし私が親の立場でさ、
自分の娘が、知らぬ間にありえないほどやせちゃってたら、ショックだとは思うけど、
嘘ついたり、その書き込みに動揺してるってことは、
親のこと、どこかでちゃんと考えてるってことだもん。

その気持ち、大事にしながら、これからのことに生かしていければいいんじゃないかな」

いくら優しいなみちゃんでも、今回ばかりは味方してくれないかも、
って感じてたから、無性に嬉しい。
自分がどうしようもない親不孝者に思えてたから、
ちょっぴり赦された気分。

なみちゃんのこと、お姉さんみたいに感じてたけど、
今日は、お母さんみたいだな。
こんなお母さんが、いつもそばにいて、甘えていられたらなぁ。

そんなことを考えてたら、ますます涙がとまらなくなり、
「ゴメン、なんか、ものすごく、泣きたくなってきちゃった」

「だったら、思いっきり泣いちゃえばいいって。
私、そのあいだ、台所で夕食作ってるから」

一瞬、夕食=太る、という不安もよぎったものの、
それより、泣きたい気分のほうが大きくて。
20分、いや、30分も泣き続けただろうか。

涙がようやく涸れ果てた頃、
「お待たせ~」
なみちゃんが、雑炊を載せたお盆を運んできた。


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