何処までもやせたくて(57)妹に勝てること


「おひさぁ~。
今度の連休、お姉ちゃんちに泊めてくんない?
正確に言うと、泊めたことにしてくれればいいんだけど。
くわしくは、電話でね。
あ、ケータイにかけてくれる?
間違っても、イエ電はダメだよーん」

妹からのメールは、私を愕然とさせた。
「泊めて」ってことは、顔を合わせるってことだよね?
前よりやせたこと、バレちゃうじゃない。

いや、待てよ・・・
「泊めたことにすればいい」ってことは、会わずに済むのかも。
でも、それって、一緒に親を騙そうってことだから、
やっぱり、いい気はしないよ。

「ねぇー、お姉ちゃん、私のメール見た?
頼むから、そういうことにしてくんない?
一生のお願いだからさー」

しびれを切らすように、私をせかす妹。

「そんな・・・急に言われても、ちょっと困るよ。
もう少し、事情聞かないとさ」

「じゃぁ、言うけどね。
私、今、2コ上のEさんとつき合ってて、今度の連休、
東京で会う約束、したんだー」

「Eさんって、私と同学年で、サッカー部の?」
「そうだよー、お姉ちゃん、3年間、同じクラスだったんだって」

3年間、同じクラスも何も、Eクンは私が3年間、片想いし続けた相手。
高2のとき、ダイエットした理由にも、彼に振り向いてほしかった、というのがある。
告白もできずに、卒業しちゃったけど。

もちろん、そんな話は知られたくないから、
「うん・・・そんなに接点はなかったけどね・・・」

「そうみたいだねー。
Eさんにお姉ちゃんのこと聞いたら、
一時、すごくやせたこと以外、印象がないんだって」

私の片想いを知らないのだから仕方ないとはいえ、妹の言葉は、
私の心に、グサリと刺さる。
今は別に、Eクンのこと、なんとも思ってないけど、
よりによって、妹とつき合ってるなんて。
ものすごい敗北感。

思えば、いつだって、そうだった。

未熟児として生まれた妹は、5歳ぐらいまで病弱だったせいか、両親に可愛がられ、
そのあおりを食ったのが、私。

「お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい」
「ちゃんと、このコの面倒を見るのよー」
なんて、事あるごとに言われ、
お菓子もおもちゃも、ひとつしかなければ、妹に譲るのが当たり前だった。

そのせいか、性格も対照的で・・・
私と違って、妹は社交的だし、甘え上手。
何事も要領がいいから、勉強もスポーツも、大して努力してないのに、私よりできる。
容姿はそんなに違わないけど、そういう性格だから、小学校のときからモテたみたいだ。
もっとも、我が家は高校まで恋愛禁止だから、誰ともつき合ったりはしてないはずだけど。

ん? 
そうだよね、なんで、高2の妹が恋愛してるの?
そっか、親に内緒でつき合ってるのか。

「それで、恵梨はどうしたいの?」
私が聞くと、
「うん、だからね、私がお姉ちゃんちに泊まったことにしてほしいの。
土曜の夜と日曜の夜、お姉ちゃんちに行って、そこから家に電話するから。
10分とか、15分とか、いさせてくれればいいんだしさ。
協力、してくれるでしょ!」

「じゃあ、恵梨はどこに泊まるのよー」
「決まってるじゃん、Eさんのマンションだよ」

あっけらかんと答える妹に、あきれてしまった。
まだ、高2なのに、男性の家に泊まりに行くなんて。
それでなくとも、うちの両親は恋愛に関して、ガチガチに堅いのに。
だからこそ、こんな嘘の小芝居をしようとしてるんだろうけど。

巻き込まれるのは嫌だけど、断るのもたぶん無理。
物心ついた頃から、妹のわがままを聞く習性になってる私としては。
でも、そしたら、やせたことがバレちゃうんだよね・・・

あ、そうだ、いいこと思いついたぞ。

「あのさー、協力するかわり、交換条件出してもいい?」

「えっ? なんか、気味が悪いけど。私にできること?」
「うんうん、簡単なことだから。
じつはね、私、こっち来てから、ダイエットしてさぁ」
「ちょっとーっ!? ダイエットって・・・お姉ちゃん、もう、そんなことはしないって約束で、
東京行かせてもらったんじゃない?
また、親を泣かせるつもり?」

アンタだって、親を泣かせるようなことしようとしてるじゃない?

という言葉を、喉元で飲み込み、つとめて冷静な口調で、
「うん、つい魔がさしちゃったっていうか・・・
だから、すっごい後悔して、今、体重、増やし中なんだ。
それに、あのときほどは、全然やせてないから」
例によって、嘘の説明。

「それなら聞くけど、今、体重、何キロ?」
「・・・39キロ前後・・・ってところ、かな・・・」

単刀直入な問いに一瞬たじろいだものの、ほどよい数値を言うことができた。

「そっかー。40キロ、ないんだ・・・
でも、たしかに、あのときほどじゃないんだねー。
わかった、交換条件、呑んでもいいよ。
だけど、いいなぁ。お姉ちゃんは、やせようと思えばいくらでもやせられて。
私なんて、最近、太る一方で、四捨五入したら60キロだからさー」

その瞬間、なんともいえない快感が。

小さい頃から甘やかされて育った妹は、我慢することが苦手だから、
ダイエットしても挫折ばかり。
それにしても、四捨五入したら60キロってことは、私の2倍近くあるってことだよね?
なんか、笑っちゃう。

その笑いを噛み殺しながら、
「別にいいじゃん。
恵梨はぽっちゃりしてるほうが、可愛く見えるタイプだよー」
と、軽くホメ殺しをして、
「よしっ、取引成立だからね。
うん、詳しいことは、直前になってから、決めればいいし。
じゃあ、またね」

Eクンとつき合ってると聞いて、受けたショックは、
「最近、太る一方で」という言葉で、完全に払拭された。
恋の敗北感より、ダイエットの勝利感。

電話を切ったあと・・・

私、料理中だったんだ。
Gさんの個展に、元気な状態で行くために、何か食べようと考え、
豆乳鍋を作ってたんだっけ。
でも、さっきまでの空腹感が、今はまったくない。
もう、夜の7時を回っちゃったし、無理に食べて、過食っぽくなっても嫌だしなぁ。

うん、これは明日、食べよう。
食べ物の誘惑、無理せず断つことができるのって、久しぶりかも。
気持ちもお腹も、なんだかすっきり。

やっぱり、こうでなくっちゃね。


#小説 #痩せ姫 #拒食 #ダイエット



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