何処までもやせたくて(55)ゼロカロリーの食べ放題


あの二つの出来事以来、私はすっかり堕落した。

中学生の数学もわからないような頭で、大学行っても仕方ないし、
プールで泳ぐどころか、歩けないような体で、何ができるだろ。

あれから一週間、ほとんど引きこもり状態。
毎日、近所のスーパーに買い物に行ったり、散歩したりはしてるけど、
外出らしい外出は、彩華ちゃんのカテキョに1回行ったぐらいだ。

それも、行く前から億劫で億劫で、帰ったら疲れがどっと出て・・・
次の日は、一日中、横になっていた。

あとは一週間、ほとんど無為に過ごしただけ。
体重を計って、自分の体を鏡で見て、
一喜一憂、というよりは、ため息をついてばかり。

なんとか、20キロ台はキープしてるけど、
27.7キロのときに比べたら、明らかに太ってる。
あのときのほうが、体調だってよかったんだし、頑張ってやせなきゃ。

そうだ、デパートのある駅まで、歩いてみよう。

往復すれば、10キロ以上あるから、いい運動になる。
デパ地下で、明日の朝食用に、お気に入りのパンとサラダだけ買って・・・
うん、ちょっとワクワクするぞ。

だけど・・・
二時間後、デパ地下にたどりついた私は、後悔の渦の中。
おいしそうなニオイにつられ、いろんなものを買いたくなって。

気がついたら、ソーセージの試食コーナーの前。
お肉が焼ける香ばしいニオイに、吸い寄せられ、
頭の中が、食べてみたい気持ちでいっぱいで・・・
どうしよう、ひと切れぐらい、いいよね。
ソーセージなんて、ずっと食べてないし、何よりもタダだしさ。

何言ってんの。せっかく、ここまで歩いてきたのに。
こんなもの食べちゃったら、水の泡じゃない。

あごに手を当て、思い悩んでいると・・・

客の存在に気づいた店員のおばさんが、
「どーぞ、召し上がってねー。
すっごくジューシーで、おいしいんだから」
と、気楽な調子で言ったあと、ギョッとした顔をして、
「・・・あなた・・・どうしたの?
ものすごくやせてるじゃない?
何なの、その手首? 
指だって・・・ 今にも折れそう! 
ちゃんと食べてないでしょ?
ほら、タダだから、これ、食べて!
もっと太らなきゃ!!」

私に向かって、爪楊枝にさしたソーセージを突き出してきた。

怖い!
そうだ、これ、食べたら、太るんだよね。
ダメ、絶対、食べちゃダメだ!!

「ごめんなさい、あの・・・今日は私・・・
いいです、本当に、ごめんなさい・・・」

おばさんの目も見ず、その場を逃げ出し、そのまま駅へ。
帰りも歩くつもりだったけど・・・この調子じゃ、どこかで誘惑に負けちゃうよ。
今日はとにかく、急いで家に帰ろう。

そして、いつものように、ネットを見ればいい。
この一週間、私はすっかり、ネットで食べ物関係のブログを見ることにハマってる。
前から、時々見てはいたけど、最近は、1日8時間ぐらい見てても飽きなくて。
名付けて、ゼロカロリーの食べ放題。
どれだけ味わっても、太る心配はないし、食欲も少しはまぎらわせたりする。

もちろん、逆に食欲が呼び覚まされることもあるけど、
そんなときは、記事を書いてる人の体型をチェック。
「また、太ったよー。ついに50キロオーバー(泣)」なんて書いてるのを見て、
「当たり前じゃない、そんなに食べてるんだもん」と、優越感に浸る。

ただし、中には、20キロ台前半の体重で、おいしいものを食べまくってる人もいて・・・
それは、その人が全部吐いてるから。
すごく気の毒だとは思うけど、ちょっぴりうらやましくもある。

なみちゃんみたいに、私も吐くことができれば、食欲を我慢せずに済むのにな。

あ、私、また、変なこと考えてる。

堕落してるよ、やっぱり。

心のなかに、醜い贅肉がたっぷりと付いちゃったみたい。
これって、どうすれば落とせるんだろ。
感動的な本を読んだり、キレイな音楽聴いたりすればいいのかな。

マンションに着くと、いつものように、郵便受けをチェック。
どうせ、公共料金の請求書とか、
一度しか行ってないお店からのダイレクトメールぐらいしか、届いてないんだけどさ。

あれ、そうじゃないのが、混じってる。
Gさん・・・
前に雑誌の取材でお世話になった、カメラマンのGさんからの葉書だ。


#小説 #痩せ姫 #拒食 #ダイエット



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