何処までもやせたくて(81)途切れた言葉


「もしもし?」

聞き馴染んだ声がした瞬間、心臓が今までにないほどバクバクし始めた。

「私だけど・・・ごめんね、お母さん、あのさ・・・」
「あ、今、話しにくい状況だから・・・ちょっと待っててね。
すぐだから、切らずに、待ってて!」

Eクンに言われて、母親に電話をかけたものの、心の中は後悔の渦。
いっそ、切ってしまおうかとも思うけど・・・
「守ってあげる」と言ってくれたEクンの顔を見て、
逃げちゃダメだって、自分に言い聞かせる。

1分ほどして、再び、母親の声。

「携帯の電池が残り少なくて、長く話せないんだけど、
昨夜は、どうしたの?」

「・・・あ、あのね、友達の家に泊まってたんだ。
で、今日は、この天気でしょ!?
帰るに帰れなくなっちゃって・・・今夜も泊めてもらうことにしたの。
お母さんも・・・新幹線、大丈夫?
なんか、東京駅でストップしちゃってるみたいだけど・・・」

「私のことはいいから、あなたこそ大丈夫なの?
前以上にやせてるみたいだし・・・どこかで倒れちゃってるんじゃないか、って、
天気もこんなだし、まさか、なんて考えるとね、私・・・・・・」

そこで、言葉が途切れた。

受話器越しに、聞こえるすすり泣き。

うそ、お母さん、泣いてるの!?
高校のとき、やせたときには、こんなこと、なかったのに。
司法関係の仕事をしているからか、女性には珍しいほど理性的で、
涙なんて、見せない人なのに。

「・・・ごめんね、あなたもいろいろ話したいかもしれないけど、
時間がないから、私にしゃべらせて。
お母さん、後悔してるの。
今まで、あなたの気持ち、全然考えてなかったんだって・・・
本当に、ごめんね」

今まで聞いたことのないような、嗚咽まじりのしゃべり方にも驚くけど、
「ごめんね」の繰り返しに、耳を疑わずにいられない。

「体重さえ戻れば、治ったってことなんだって、私、思い込んでたの。
でも、そうじゃない、ってことが、今回のことで、やっとわかったのね。
上京したのはね、それをちゃんと謝ったうえで、これからのこと、
あなたとちゃんと、相談したくて・・・
本当に、ごめんね。
昨日今日と仕事休んだ分、土曜日に出なきゃいけないんだけど、
また、日曜にこっちに来ようと思うの。
会ってくれる?
お願いだから、会って、これからのこと、一緒に考えましょ?
今度は、あなたの気持ちもちゃんと聞くから」

いったい、どうしたんだろ。
狐につままれた気分、ってやつ。
母親の変化が、理解できない。

「私がまたダイエットしたこと、怒らないの?」

「正直言うとね、最初は、すぐにでもそっちへ行こうと思ったのよ。
でも、恵梨にたしなめられて。
怒ったって、何も変わらない、前と同じこと、繰り返すだけだって。
だから、心配でたまらなかったけど、数日じっくり考えてみたのね。
かといって、結論は出てないんだけど・・・
ひとつだけはっきりしてるのは、あなたのこと、怒りたいんじゃない、
守ってあげたいんだって」

Eクンと、同じだ。
あのお母さんが、私のこと、守ってあげたい、って言ってくれてる。

でも、そんなふうに、急に変わられてもさ。
簡単には、信じられないよ。

だけど・・・
どうしよう。
こみ上げてくる感情を、私も抑えられない。

「・・・お母さん、私こそ、ごめんなさい。
あのね・・・」

それ以上、言葉にならず、涙があふれだす。

「日曜日に、会おうね」
「・・・うん・・・」

「あ、何か話したいことがあるようなら、公衆電話からかけ直すけど。
体の状態も、心配だし」
「体のことなら、大丈夫だよ。
やせたのは事実だけど、高校のときよりは元気だから。
それにね、今は友達と一緒にいるし、体のことも理解してくれてる友達だから。
お母さんこそ、強行軍で、疲れてるはずだから、無理しないでね」

「うん、それでも心配なことには変わりないけど・・・
前に電話したときよりは、口調が元気そうで、ちょっぴり安心したわ。
じゃあ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。
あ、それとね」

私が「おやすみなさい」と言ったところで、電話が切れてしまった。
たぶん、電池切れだ。
どうしよう、もう一回、ちゃんと謝りたかった・・・
ありがとう、も、言いたかったのに・・・

隣りで、穏やかな笑みを浮かべてるEクンを見たら、
ますます涙が出てきて、止まらない。

しゃくりあげながら、電話で伝えきれなかった気持ちを話すと、
「大丈夫だよ、ちゃんと伝わったと思うから。
なんかさ、隣りで聞いてて、ちょっと感動的だったかも」

「・・・うん、Eクンのおかげで、いろんなもの、ふっきれる気がする。
母親には、あとでメールすればいいしね。
ありがとう。
それと、今日の天気にも感謝しなくちゃ」

「ところでさ・・・」

ちょっと言いにくそうな感じで、Eクンは一瞬、口ごもってから、
「寝る前にシャワーとか、浴びたほうがいいんじゃないかな。
・・・その、変な意味じゃなくて、かなり濡れちゃったしね。
今の状態で、風邪ひいたら、大変そうだし・・・」

そういえば、なみちゃんの家では、シャワー浴びなかったんだ。
この際、とことん、お世話になっちゃっていいんだよね?
Eクンはあくまで友達で、変なことする人じゃないし。

それに・・・
今の私、女としての魅力なんて、ないはずだもの。


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