何処までもやせたくて(26)家族・・・その厄介なもの


スープだけの夕食を終えて、簡単な体操をしていたら、電話が鳴った。
イエ電にかかってくるのは珍しいから、セールスか何かかと思ったら、
東京の伯母から。

「なかなか遊びに来てくれないけど、元気?」
と、聞かれ、
「元気ですよー。なんか、毎日忙しくて、そちらに伺えなくてすみません」

そんなありきたりな会話をしたあと、
「元気ならいいんだけどね・・・」
なんとなく、伯母の口調が変わった。

「あなた、最近、かなりやせたみたいだけど、大丈夫なの?」

心臓が停まるかと思うほどの、衝撃。
伯母と最後に会ったのは、三ヶ月前で、今の私は知らないはずなのに・・・

否定することも忘れ、
「どうして、知ってるの?」
ついつい、自分がやせたことを認めてしまう。

「やっぱり、やせちゃったのね。
彩華ちゃんのお母さんから、いろいろ聞いて、心配してるのよ。
35キロとか、34キロとか、そんな体重だっていうけど、本当なの?」

その言葉で、すべてがわかった。

伯母の紹介で始めた、家庭教師のバイト。
生徒の彩華ちゃんとは、しょっちゅう、ダイエットの話をしてるから、
それが伝わってしまったのだろう。

「先生、会うたび細くなるね。今、何キロなんですかぁ?」
なんて無邪気に聞かれて、いい気になり、
正直に答えてたことを悔やんだけど、後の祭り。

救いは、今の体重よりは多めの数字が伝わってたことだけど、それとて、
伯母には、見過ごせない数字みたいだ。
何しろ、二年前に入院させられたときと同じか、それ以下の少なさ。

それに、伯母は、私がこうなることを怖れて、上京に難色を示した私の母を、
説得してくれた立場でもある。

「こんな言い方したくないけど、がっかりだわ。
あんなに、もうダイエットはしない、って約束してくれたのに。
最初から、騙すつもりだったの?」

受験の本番中みたいに、頭の中をフル回転させて、言い訳を考える。

「ごめんね。本当に、本当に、ごめんね。
なんか、ストレスが重なって、食べられなくなっちゃって・・・
だけどね、最近、これじゃいけないと思って、頑張って食べてるから、
もうすぐ40キロ台に戻せると思うんだー」

しかし、伯母は、
「そう言われてもねえ。実際に、姿を見ないとね。
そうだ、今度、会いましょう。
私が近くまで行くから。
ねっ、それが一番安心できるし、あなたも後ろめたく感じなくて済むでしょ」

私にとっては、なんとしても避けたい提案。

だから、何も答えられずにいると、
「もし会えないって言うなら、あなたのお母さんにもこのことを伝えるけど、いい?
上京すること、応援した立場としては、放っておけないのよ。
わかるでしょ?
こんなこともわからない、って言うなら、もう・・・」

その言葉をさえぎり、
「わかりました。都合のいい日、連絡しますから」
泣きそうな声で、絞り出すようにひとこと。

そして、
「その言葉、信じていい? 
なるべく、早く連絡ちょうだいね。
夕ごはんは、もう食べたの? 何、食べたの?」

まだ話し足りそうな伯母を、
「これからお風呂なんです。さっきから、お湯があふれそうになってて」
嘘をつき、逃げるようにして、電話を切った。

そのあと、体操の続きをしながら・・・

どうして、こうなってしまったのか、考える。
カテキョのバイト、引き受けなきゃよかったのかな、とか。

いや、待てよ、
もしかしてこれ、伯母の作戦だったのでは・・・

きっと、そうだ。

新しいバイトを紹介してくれたとき、
ファミレスの徹夜仕事が心配だから、って言ってたけど、
じつは、知り合いの娘のカテキョをさせることで、
私がダイエットしないかどうか、それとなく監視するつもりだったのでは・・・

伯母の気持ちはわからないでもないけど、なんか、わずらわしい。
この調子だと、私の親にだって、すでに伝えてあるかもしれないし。
私に会うのも、確認作業のひとつ、にすぎなかったりして。

でも、伯母のことはまだいい。
最大の問題は、いずれ、ダイエットしてることが親にもばれるだろう、ってこと。
そうなれば、また、厄介なことになる。

思えば、この四ヶ月、自分の世界に没頭できて、すごく幸せだった。
なみちゃん以外に友達がいなくて、クラスで浮いていることも、
S先輩とのデートが「食べろ食べろ」であまり楽しくないことも、
親にいろいろ干渉されることに比べれば、全然大したことないもの。

やせたことがわかれば、少なくとも、母親はこっちに来て、
いろいろおせっかいを焼くだろうし、
下手したら、また入院させようとするかもしれない。

そういう厄介さから逃れるためには、伯母の前で少し太った姿を見せて、
安心させる方法もある。

だけど・・・
せっかくやせてきたのに、無理して食べて胃が大きくなって、
リバウンドしたら大変だし、そんなの絶対、イヤだ。

どんよりした気分のまま、お風呂に入り、体重を計ったら、
33.9キロ。
ついに、33キロ台突入!

新記録更新は、100パーセント嬉しいはずなのに、
伯母の電話のせいで、3パーセントぐらい、憂鬱な気持ちが混じってる。
だって、これでもう、34キロ台には戻せないから。

伯母に会うとき、この体重で、
元気そうに、そんなにやせてないように見せるには、どうすればいいんだろう。

いくら考えても、完璧な答は浮かんでこなかった。


#小説 #痩せ姫 #拒食 #ダイエット



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