身もなき雛(「源氏物語」大君)

「腕などもいと細うなりて、影のように弱げなるものから、色あいも変わらず、白う美しげになよなよとして、白き御衣どものなよびかなるに、衾を押しやりて、中に身もなき雛を臥せたらむ心地して(略)」

『源氏物語』(宇治十帖「総角」)の一節。愛への不信から、求婚問題に懊悩したあげく、拒食状態に陥った大君が、死を迎える直前の描写だ。
紫式部は、もともとひどく痩せていた大君が食を拒み、命が保てないほど痩せ細った姿を、このように書いている。
原文のままだと伝わりにくいかもしれないが、か細くて影のように弱そうな腕を「美しげになよなよとして」と言い、全身については「身もなき雛」すなわち、中身のない雛人形、みたいだと評するのである。

「身もなき雛」……なんと痛々しくも美しい表現だろう。現代の大君たちもまた「身もなき雛」のような姿で、あるいはそういう姿に憧れながら、それぞれの物語を生きている。


(初出「痩せ姫の光と影」2010年5月)


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