何処までもやせたくて(39)寒すぎる九月


約二ヶ月ぶりのキャンパスは、秋の空気。
あり得ないレベルだという今年の残暑も、
寒がりになった私には、十分すぎるほど涼しい。

まわりの子たちはほとんどが、まだ夏の格好で、
私もノースリーブにミニスカというスタイルだけど、
上には秋物のジャケットを羽織り、念の為、膝掛けも持ってきた。
冷房の効きすぎた電車の中では、それでも寒くて。

そういえば、このあいだ、なみちゃんに言われたっけ。
「体脂肪が少なすぎるからじゃない?」って。
だったら嬉しいけど、冬が来るのが、ちょっと心配になる。

体力も、落ちたみたいだし。
キャンパスまでのなだらかな坂道を歩くのが、登山のように感じられ、
心臓が苦しいだけじゃなくて、少し痛い。
登校するだけでこんなに疲れるのに、これから毎日、頑張れるのかな。

でも、頑張らなきゃ。
寒いのも、体力が落ちたのも、やせているためには耐えなくてはいけない試練。
そのうち慣れて、平気になるはず。

家からポットに入れてきた熱いプアール茶を飲むと、身体が少し温まり、
教室の椅子に座って、机にもたれかかり、楽な姿勢にしているうち、
心臓の痛みも、なんとか治まった。

ほらね、工夫すれば、大丈夫。
絶対、うまくやっていける。

午前中の講義が済むと、サークル室に直行。
運よく、部長さんがいて、
サークルをやめる意思と、その理由を告げることができた。

といっても「ダイエットの邪魔になる」とか、
「人間関係がギクシャクしてる」といった本音はあくまで伏せて、
「バイトが忙しい」セカンドスクールに通おうと思ってる」
・・・例によって、嘘ばっかり。

それでも、部長さんはひと通り聞き終わると、
「うん、わかった」
こちらが拍子抜けするほど、あっけなく受け入れ、
「合宿でも倒れちゃったし、テニスできる状態じゃないんじゃないかって、
心配してたんだ。
でも、バイトとか、セカンドスクールとか、大丈夫なの?
今、必要なのは、休んで食べて、体力を回復させることだと思うんだけど。
なんか、合宿のときよりさらにやせたみたいだしさ」

「大丈夫です」って言葉が出かかったけど、ここはガマン。
面倒な会話はしたくないし、それより何より、
「さらにやせたみたい」って言葉が、ちょっと嬉しくて。

だから、そのまま、立ち去ろうとしたのに・・・

運悪く、いちばん会いたくない子がやってきた。

合宿の夜、お風呂で私の陰口を言っていた、同じクラスの子だ。

「あれーっ、久しぶり。合宿以来だよね。
あ、そのジャケット、チョー可愛い。
秋っぽくて、なんかいい」
例によって、心のなさそうなホメ言葉を浴びせられ、サークルをやめられた解放感も台無し。

しかも、
「私、ここ、やめることにしたんだー」
そっけなく言って、そのまま立ち去ろうとしたら、
「なんで? 何かあったの? 理由、教えてよー」
しつこく、引き止めてくる。

仕方なく、テーブルに座り、ジャケットを脱ぐと、
「・・・!?・・・」
その子の表情が、一変した。
私の腕のあたりをまじまじと見ては、ふっと目をそらし、またまじまじと見ては、
言葉を探してる感じ。
部長さんと同じで「やせたみたい」って思ったのかな。
まさか、その逆じゃないよね?

いずれにせよ、天敵みたいな相手にジロジロ見られるのって、
あまりいい気はしない。

沈黙に耐えかねた私が「どうしたの?」って訊くと、
「いや、なんでもない、っていうか。
もしかして、サークルやめるのは、体調のせいかな、と思って。
ほらっ、合宿でも倒れちゃったしさ。
今もあんまり調子よくなさそうだから。
ひょっとして、入院でもするんじゃないかって」

いきなり病人扱いされたことに、私はちょっとムッとして、
「なんで? あれから一ヶ月もたってるし、全然、元気だよ。
サークルやめるのは、バイトとか忙しくてさー。
それと、資格取るための学校にも通いたいなって。
そういう事情なんだよねー」
「そっかー、なら、構わないんだけど・・・」

まだ何か、言いたげにしてる。

でも、いつもの心無い感じではなくて、ちょっと真剣な雰囲気。

もしかして、心配してるの?
何を今さら、あんなに私のこと、傷つけたくせに。
まあ、いいや、この子とはもう関わらないことにしよう。

「じゃあ、私、次の講義までにやらなきゃいけないことがあるから、
これで、失礼するね」
自分から話を打ち切り、部長さんにあいさつをしてから、その場を立ち去った。

ところが・・・

次の講義を受ける教室に足を踏み入れた瞬間、冷房による寒さが襲ってきて、
ジャケットを羽織ろうとしたら、それがない。
しまった、サークル室に忘れちゃった。
どうしよう、あれがないと、講義が終わるまでに凍死しちゃうよ。

とりあえず、取りに戻らなきゃ。
あの子とまた、顔を合わせるのは、憂鬱だけど・・・

重苦しい気分を引きずりながら、サークル室への廊下を逆戻りした。


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