何処までもやせたくて(86)ひと口ずつ、一歩ずつ。
でも……
伯父と伯母が醸し出す、穏やかだけど張り詰めた空気から、自分には「食べる、食べない」という選択肢など、与えられてないことは明らか。
問題は「何をどれだけ食べ、何をどれだけ食べないか」だ。
勇気を出して、言ってみる。
「これ、全部食べるのは無理そうだから、絶対、残しちゃうから、
食べられそうな分だけ、取り皿に移してもいい?」
「残したっていいのよ。好きなものだけ、食べてくれれば。
半分くらいは、食べられるでしょ」
半分なんて、一日、いや、三日かかっても無理だ。
伯母は、わかってない。
私、拒食症なんだよ。
「だから、言っただろ。いきなり、普通の食事は無理じゃないかって。
いいから、ちいたんの好きなようにさせてやろうよ」
伯父が、助け舟を出してくれた。
おかげで、取り皿作戦ができることに。
数分ぐらい悩んで、煮物を半分と、アジの開きを半身、玉子焼きをひと切れ、自分の取り皿に載せ、味噌汁を自分のほうに寄せるかわりに、ご飯を遠ざける。
炊き立てのご飯のにおい。
これが何より、不安をかきたてるものだから。
「ご飯は、いらないの?」
「……うん、ご飯とか揚げ物は、においかいだだけで気持ち悪くなっちゃって。
あ、ごめんなさい。せっかく作ってくれてるのに……」
ダメだ。涙が出てきそう。
これ以上、何も言わないで。
祈りが通じたのか、伯父が、
「じゃあ、いただきますにしようか」
ようやく、朝食が始まった。
何ヶ月ぶりかの、普通の朝食。
伯父と伯母が、食べ始めるのを見届けてから、箸をとる。
自分が食べるのを、なるべく見られたくないから。
最初に口に運んだのは、煮物のこんにゃく。
噛んだ瞬間、意外なほどおいしくて、
「おいしい…」
と、口に出してしまった。
「そうだろ、ちいたんは、そういう煮物がちっちゃい頃から大好きで、うちに泊まりに来るたび、おいしいって言いながら食べてたんだから。
あと、その玉子焼き。
それも、お気に入りだったよね」
伯父の言葉で、子供の頃の記憶がよみがえる。
たしかに私、伯母の手料理が大好きで、ここに泊まりにくるの、すごく楽しみだったっけ。
なんだか、張り詰めてた空気がふっとゆるんだみたいで、心が軽くなる。
ちいたん、と呼ばれてた頃の自分が戻ってきたみたい。
恐怖感が少しやわらいだおかげか、玉子焼きはもちろん、アジの開きも食べることができた。
取り皿分、どうにか完食。味噌汁も、クリア。
でも、これ以上は無理。
だけど「ごちそうさま」を言ったときの二人の反応が怖くて、空になった取り皿を、ぼーっと見ていたら、
「昨日までは、朝、何を食べてたの?」
と、伯父。
「食べてた……っていうか、野菜ジュースを飲む程度かな。
ダイエットとか関係なく、朝はお腹すかないから」
「だったら、今朝はすごく頑張ったんだ。
もう、お腹いっぱいって感じかな」
「はい。もう、これ以上は」
「昨日も言ったけど、無理しなくていいからね。
ひと口ずつ、一歩ずつ、ちいたんのペースでやっていけばいいんだから」
伯母のほうに視線を移したら、軽く微笑んでくれてる。
よかった、二人とも怒ってないんだ。
すると、突然、
「そうだ、今日の午後、ホットケーキ、作らない?」
と、伯母。
「昔、一緒に作ったりしたでしょ。
伯母さん、あなたが上京したら、また作れると思って楽しみにしてたのに、なかなか、遊びに来てくれなくて。
せっかくだから、作りましょうよ」
えっ、ホットケーキを作るってことは、食べるってことでもあるわけだよね。
作るのはいいけど、食べるのは……
一緒に作りたい気持ちはあるけど、それ以上に、食べるのが怖い。
「もし、食べたくなかったら、ひと口、味見するだけでもいいんじゃないかな」
伯父のひとことで、なんとか覚悟ができた。
「じゃあ、作りましょ。
一度こうして約束したんだから、絶対よ」
なんとなく、二人にうまく誘導されてる気がしないでもない。
でも、それはそれでいいか、って気もする。
自分であれこれ考えるのは、もう疲れちゃった。
それより、誰かの言うことに従ってたほうが楽かもしれないから。
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