何処までもやせたくて(31)伯母の奇襲


「先生、さっき送ったメール、読んでくれた?」

カテキョの生徒の彩華ちゃんに、いきなり言われた。
えっ、何それ?
そういえば、出かける前にストレッチをしていたりして、時間がなくなり、
ケータイをチェックする間もなかったっけ。

「あ、ごめんね。今、見るよ」
その内容を目にした瞬間、真夏なのに、背筋が凍りつきそうな気がした。

「せんせぃのオバサンが、今日来るみたぃだょ。だぃじょぅぶ??? 彩華ょり」

あわてて、頭の中を回転させ、事態を理解しようとする。

でも、どういうことかはすぐに呑み込めた。
私が会う約束を先送りし続けることに、業を煮やし、
知り合いでもある彩華ちゃんのお母さんに会うということにかこつけて、
私の様子を見に来たんだ、そうに違いない。

それがわかったから、彩華ちゃんもメールで知らせてくれたのに。
メールを見ていれば、長袖の服にするとか、少しは工夫できたのに。

授業を始めても、伯母のことが頭から離れず、
途中、彼女らしき来客の気配を感じてからはもう、勉強を教えるどころではなくて。

でも・・・驚いたのは、伯母も同じかもしれない。

私がつとめて平静を装いながら、
「こんばんはー。なんか、ご無沙汰しちゃって・・・」
と、挨拶したのに対し、私の全身をまじまじと見つめたあと、
「・・・どうしちゃったの?」
震える声で絞り出すように、ポツリ。

どう言い繕うか、思いをめぐらせていると、
「マンションまで送るから、車の中で話しましょう」
とても断れそうにない語気で、切り出され、
そのまま、伯母の車に乗り込んだ。

そして・・・
「今、何キロあるの?」

「んー、38キロぐらいかなぁ」

「嘘おっしゃい。
二年前、35キロで入院したときより、やせてるじゃないの!
腕なんて、骨と皮。
顔にも、変な皺ができてるわよ」

「・・・そっかなー。
最近、体重計ってないから。
たしか、一週間前に計ったときは、それぐらいだったんだけど・・・」

嘘だらけの、苦しい言い訳。
でも、二年前よりやせてる、という言葉が心地よく響く。
そう、伯母が興奮すればするほど、私はなぜか冷静、というか、醒めていく感じ。

だから、かな。

「もう、いいわよ。
とにかく、明日、一緒に病院いきましょう!
あなたのお家にも知らせないと!!」
有無を言わせぬ勢いで言われても、不思議なほど、すらすら嘘がつけた。

「あ、じつはね、こないだから、病院通ってるんだー。
カウンセリング主体の心療内科なんだけどね。
ほら、前に入院したときは、点滴とかで体重増やすだけの治療だったでしょ。
なぜやせたいのか、っていう心の問題まで診てもらえなかったから、
また逆戻りしたのかな、って。
心の問題が解決すれば、自然と体重も増やせるみたいだから、
今回はそういう方向で頑張ってみたいの。
お盆に帰省するとき、お母さん達を心配させたくないし。
だから、家には連絡しないで! お願い!!
お盆までには、絶対、40キロ台に戻るから。
ねっ、一生のお願いです」

最後のところは、涙声になり、ちょっとした迫真の演技。

「・・・・・・」

伯母はしばらく黙っていたけど、
「本当に信じていいのね。
あなたが嘘をつけない性格だってことは、十分わかってるから・・・
うん、信じることにするわ。
そのかわり、お盆にはちゃんと体重戻して、お母さん達を安心させてあげてね!」

最後は、納得してくれた。

「じゃあね。ちゃんと、食べるのよ!」
いつもなら、大嫌いな言葉にも、
「ハイ、頑張ります!」
優等生のお返事。

少しでも元気に見えるよう、笑顔で手を振って。
やっと、お別れ。

・・・ふーっ。
危ないところだった。
マンションで一人になり、安堵のため息をつく。

それにしても、さっきはなぜ、あんなにうまく嘘がつけたんだろう?
伯母が知ってる私は「嘘がつけない」はずなのに。

ダイエットを再開して以来、嘘がうまくなった気がする。
なんていうのかな、やせたくて仕方ない私のために、別の私がどこかにいて、
いろいろ指示してくれてる感じだ。

ただ、大好きな伯母を騙すのは、やっぱり後ろめたい。
騙さない形にするには、病院に行って、体重増やすしかないけど・・・

ほんの一瞬、よぎったその思いは、裸になり、鏡の前に立った瞬間、吹っ飛んだ。
伯母は「骨と皮」って言ってたけど、全然、そんなことない。

体重も、31.7 キロ。
20キロ台までは、まだまだだから、もっとやせなきゃ。

ただ、あさってから、サークルの合宿だし、
それまでは、30キロ台をキープしておいたほうがいいかも。
合宿が終わったら、サークルもやめるつもりだから、
ダイエットに専念できるはず。

それでいいんだよね?
自分に問いかけたら、

大丈夫、絶対、やせられるよ。
ここまで来たんだから、頑張ってやせなきゃね!

別の私からの、エールが聞こえた。


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