何処までもやせたくて(80)豹変したEクン


それから1時間ほどが過ぎ・・・

もう、ダメ。
これ以上食べたら、歯止めが効かなくなる。

198キロカロリーまで、食べたところで、やめにした。
300キロカロリーまでなら、許すつもりだったのに。

それでも、Eクンに、
「よかった、食べることができて。
なんか、顔色もよくなったみたいだよ」
と言われ、ホッとする。

さっき、洗面所で見た自分の顔、ひどかった。
生気がなくて、死人みたい。
髪もボサボサで、女として恥ずかしい。
Eクンが優しくしてくれるのも、病人だと思ってるからなんだよね。

タクシーがマンションに着いたのが、8時すぎ。
時計はもう、9時近くを指している。

泊めてもらえるかどうか、聞く勇気がなくて、迷っていると、
Eクンが、テレビをつけた。

ちょうど、大雨のニュースをやっていて、いくつか場面が変わるうち、
東京駅らしき風景が映し出される。

「やっぱり、今夜は新幹線、動かないんだね。
乗客は、車内で足止め、か・・・」

ってことは、たぶん、そこに母親もいるってことだよね。
ケータイのメールをチェックしてみると、
20分ほど前に、母親からの着信が。

「いったい、どこにいるの?
今夜は、東京駅で夜明かしです。
電話がイヤなら、メールでもいいから、とにかく連絡ちょうだい。
お願いだから」

連絡しろ、ってメール、これで何回目だろ。
そのたびに、消去してるけど・・・

私の様子から、Eクンが何かを察したのか、
「お母さんとのことだけどさ。
メールぐらいは、返しといたほうがいいんじゃない?」

「うん・・・だけど、
居場所がわかったら、夜中でも、タクシー飛ばして来ちゃうかもしれないし。
向こうに帰り着くか、新幹線が出発するか、
とにかく、会わずに済むことが確認できたら、連絡とろう、
とは思ってるんだけどね。
それより・・・ひとつ気になることがあるんだ」

「何? 気になることって」

「どうして、そんなに親切にしてくれるの?」
「えっ・・・」

予想外の質問だったのか、頭の中を整理してるみたい。

「同級生だし、恵梨ちゃんのお姉さんだしね。
それに・・・今の状態を見たら、誰だってほっとけないと思うよ」
「そっかー。
たしかに、私もさっき、鏡で自分の顔見て、ゾッとしちゃった。
顔色とか、ちょっと病的だよねー」

「いや、顔色だけじゃなくってさ。
こんなこと、言われたくないかもしれないけど、
自分が危険なほどやせてるって、本当に感じてないの?」
「うん、普通の人よりはやせてると思うけど、そんなに大騒ぎするほどかなって。
けっこう元気だし、ちゃんと生活できてるし」

「そうなんだ。・・・じゃあさ!」

Eクンの口調が、急に厳しくなった。

「今から、一人で家まで帰れる?
この嵐も峠も越えたみたいだから、元気な人なら、帰れると思うけど」

えっ、どうして?
そんなの、無理に決まってるじゃない!
あ、もしかしたら冗談でおどかそうとしてる、んだよね・・・

でも、目が全然笑ってない。
どうしよう、Eクンにまで見捨てられたら・・・

唇を噛みしめ、涙をこらえながら、必死に待つ。
何か優しいこと、言ってくれるのを。

「もし帰れないなら、僕の言うことを聞いてほしいんだ。
ひとつは、今晩、ここに泊まって、朝までしっかり休んでほしいってこと。
もうひとつは、これから、お母さんに電話してほしいってこと。
居場所を聞かれたら、僕の名前、出してもいいからさ」

よかった・・・泊めてくれるんだ。
でも・・・

「電話は、ちょっと・・・
Eクンの家に泊まったことがわかったら、恵梨にも悪いしさ」
「だったら、居場所については、嘘ついてもいいから。
とにかく、お母さんは、無事かどうかだけでも知りたいんだと思うんだよね」

「どうして、そう思うの?」

「だって、自分にとってすごく大事な存在が、病気になっていて、
しかも、行方がわからなかったら、
とにかく、無事でいてくれさえばいい、って思うのが普通じゃない?
万が一、不本意な展開になっても、僕が精一杯守ってあげるから、
勇気出してほしいな」

なんでだろ。
守ってあげる、という言葉に、今までにない安心感。

これまで、自分の決めたようにやってきたけど、うまくいくどころか、
こんなていたらくだもん。
Eクンの言うように、やってみよう。

「うん、電話・・・してみるね」

深くうなずいたEクンが、すごく大人に見えた。


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